すべての医師による自殺防止 [2026年02月27日(Fri)]
ヴィクトール・フランクル
〜それでも人生には意味がある
第5回 「何か」に支えられて
〜 フランクルの超越、ヤスパースの包括者(13)
すべての医師による自殺防止
2月22日、フランクルのテレビ放送の第5回「「何か」に支えられて」でした。
第5回は、宗教的問題でしたが、この領域は医師ではなくて、宗教者が扱う領域だというのがフランクルのロゴセラピーでした。
これは、オーストリアの法律による制約から、厳密にしたという背景があります。
医師は、宗教的な問題は宗教者の扱う問題であるとはいえ、医師も「自殺防止」のための配慮をすべきだといいます。次の記事で紹介したとおりです。
◆医師による魂への配慮=医師による患者の自殺防止の助言
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5537
★宗教的問いをするのは医師であることが多い
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5541
★宗教的問いを患者が医師にする時
日本では、自殺が多いのですが、ロゴセラピーのような手厚い精神療法を受けられない状況にあることが大きな要因でしょう。
精神科医でさえも薬物療法のみを行うことが多くて、精神科医でさえも、精神療法を知らないのです。
フランクルは、精神科医以外、すべての医師が、それぞれの医療分野(内科、外科、などにも)に患者が「自殺の恐れ」のある状態になるから、すべての医師が自分が担当した患者の「自殺防止」の助言をすべきだというのです。
たとえば、足を切断する外科手術した患者が、退院した翌日に自殺するかもしれません。そういうリスクがある状況にあることはほぼ確実ですから、外科医(または、同じ病院の精神科医)が患者に、自殺防止のための助言=「魂の配慮」をすべきだというのです。ほかにも、がん患者や難病を扱う内科医の患者も自殺のリスクがあるはずで、医師による「魂の配慮」が必要であると述べています。
このような状況では、自殺防止には薬物では間に合いません。それが「医師による魂の配慮」として詳細に述べています。
そこには、宗教者が自殺の防止に積極的でない状況があると言います。「魂の救済」の重要な側面の、生きることについて危機的な状況にあり、自殺のリスクがある人にさえも宗教者は支援しないというのです。
元来、苦悩からの救済が宗教の重要な目標の一つなのでしょう。苦悩が深刻になれば、自殺が起こります。精神的な配慮をすれば、苦悩の救済になり、自殺を防止できるかもしれません。実際に、大乗仏教を参照すると、苦悩の起きる経過の分析や、救済方法が記述されています。しかし、現代日本の仏教が、苦悩する人々を仏教の教えによって自殺を防止する活動をしているところがあるということが国民に知らされていません。
精神療法も仏教も、精神的な苦悩によるうつ病の回復、自殺の防止に貢献できる可能性があるのですから、活用できる環境を作っていただきたいと思います。
日本は、人口が減少していくのに、自殺で生命が失われることは実に悲しいことです。
【注】
(注1)NHKこころの時代 テキスト 『ヴィクトール・フランクル 〜それでも人生には意味がある』勝田芽生、NHK出版
(注2)大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
SIMT:Self Insight Meditation Therapy(SIMT)、自己洞察瞑想療法
(注3)大田健次郎『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社
(注4)NHK E テレビ「100 分 de 名著」、『ヤスパース哲学入門』戸谷洋志
(注5)フランクル『人間とは何か』山田邦男監訳、春秋社
(注6)山口尚『幸福と人生の意味の哲学』トランスビュー
(注10)フランクル『識られざる神』佐野利勝・木村敏訳、みすず書房
(注11)竹内綱史「ニーチェ哲学における良心という問題」(『宗教哲学研究(第20号)』北樹出版
(注12)後期に属する西田哲学の論文が「実践哲学序論」、および、「ポイエシスとプラクシス」にまとめられている。 →
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3582
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3329
★後期西田哲学の実践論
(注13)フランクル『意味への意志』 山田邦男監訳、春秋社
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5750
【目次】ヴィクトール・フランクルと後期西田哲学の実践論
〜それでも人生には意味がある
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Posted by
MF総研/大田
at 08:08
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マインドフルネス心理療法
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