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フランクルの品格のある人間、良心 [2026年02月26日(Thu)]

ヴィクトール・フランクル
 〜それでも人生には意味がある

第5回 「何か」に支えられて
 〜 フランクルの超越、ヤスパースの包括者(12)
  フランクル 「品格のある」人間

◆品格のある人間、良心

 2月22日、 フランクルのテレビ放送の第5回「「何か」に支えられて」でした。

 前の記事では、超越、包括者について見ました。宗教的な究極の存在論に関係します。フランクルは、宗教を信仰しています。しかし、彼が開発したロゴセラピーの実行者、ロゴセラピストには、宗教者であることを条件とはしていません。
 それでも、セラピストは、実存的空虚感を持ち、自殺のリスクのあるクライアントに関わります。その時の行動指針、実践指針があるのではないでしょうか。支援者の倫理的条項です。

 ニーチェの場合「知的良心」に生きることでした。西田哲学(後期)では、行動指針は「至誠で生きる」ことです。【関連記事A】

 フランクルの行動指針、ロゴセラピストにも求められる行動指針があるのでしょうか。ロゴセラピーの研究者にお聞きしたい。

 自由に推測してみると、テキストで「品格のある」ということを強調しています。

 解説の勝田芽生さんのテキストでも「品格のある」ことを重視しています。

 「精神的次元に立って、普遍的な価値や意味を大切に生きている人は「品格のある人間」の分類に入ります。けれどもその反対に、精神的な倫理性をまったく無視して、自分の感情や欲求を満たすためだけに生きている人間は、「品格のない人間」に分類されます。」(注1,p132)

 「自己中心的でないこと」もフランクルの行動指針でした。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5757
★自己中心的、自分だけを大切にする「エゴイズム」心

 第5回のテキストにも、次のように説明があります。

 「どんなにたくさんの知識をとうとうと語ることができたとしても、あるいは、華麗な舞台で華やかに演技を見せて、多くの人を魅了しているとしても、その人が「品格のある人間」だとは限りません。」(注1,p132)

 「自分の利益よりも周囲の人たちのために尽力しようとする、「品格のある人間」はいます。たとえ、そのような人たちの人格が、外観からははっきりととらえることができないとしても、その人たちの中核に精神の次元が生まれながらに備わっているということを、フランクルは確信していたのです。」(注1,p133)

 上の言葉のなかに「精神的な倫理性をまったく無視して、自分の感情や欲求を満たすためだけ」という基準もありました。
 西田哲学(後期)を背景にした自己洞察瞑想療法、SIMTでいうと、感情や欲求で行為することは「意志作用の価値崩壊の行動」です。
 「精神的」「精神次元」は、行為的直観です。フランクルの「精神の次元が生まれながらに備わっている」ということは、SIMTでは、 自分の生きがい価値として選択した世界(叡智的世界)で、社会に貢献していく行動をしていくことになります。そのような「精神」の働きは、「生まれながらに備わっている」というのです。

 ただし、生まれながらに備わっているが、教育されないと、自利、自己中心的な「意志作用」「行為的直観」を行使することが多い人間になります。他者を苦しめる「いじめ」「ハラスメント行為」をする人間、自分の頭で考えず、他者に忖度して、力ある者に同調して「多数派」となり少数説を排除して自己の利益を得ている人間もいます。彼らも自分の選んだ学問に、「意味」「価値」として選択して「精神」「行為的直観」を用いています。
 オルテガは、大学にも多くいて「大衆」といいました【関連記事B】。ニーチェも「大衆」ではない生き方を「知的良心」といいました。私も、仏教学やマインドフルネス学の領域において、「ああ、これが大学の大衆だな」という実情を実際に見ました。

 「無評価で観察」するという「マインドフルネス」(第1世代)は、社会の悪や不正を「見て見ぬふり」を助長するようなところがあり、倫理的な問題が指摘されています。「マインドフルネス」を用いるひとも、「精神」次元を用いているのです。

 他国を侵略し戦争をして、多くの人を殺害している人たち(政治家、兵士、国民)も、「精神」次元、行為的直観を用いています。そこには、各人の選択したものを「価値」「意味」としているのです。

 すべての領域において、「精神」「精神次元」に生きる人間であっても、自己中心的な行為をするのです。 だから、「精神」次元が、そのままで「品格のある人間」「知的良心」のある生き方であるわけでは絶対に違うことを注意しなければなりません。

 次の記事とも関連します。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5862
★フランクルは「寛容」であれという

【関連記事】

A)ニーチェと後期西田哲学の実践指針。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5853
★ニーチェの「知的良心」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3582
★後期西田哲学の実践論「至誠」

B)大衆は大学に多いというオルテガ。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4100
★オルテガ「大衆の反逆」

【注】

(注1)NHKこころの時代 テキスト 『ヴィクトール・フランクル 〜それでも人生には意味がある』勝田芽生、NHK出版

(注2)大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
SIMT:Self Insight Meditation Therapy(SIMT)、自己洞察瞑想療法

(注3)大田健次郎『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

(注4)NHK E テレビ「100 分 de 名著」、『ヤスパース哲学入門』戸谷洋志

(注5)フランクル『人間とは何か』山田邦男監訳、春秋社

(注6)山口尚『幸福と人生の意味の哲学』トランスビュー

(注10)フランクル『識られざる神』佐野利勝・木村敏訳、みすず書房

(注11)竹内綱史「ニーチェ哲学における良心という問題」(『宗教哲学研究(第20号)』北樹出版

(注12)後期に属する西田哲学の論文が「実践哲学序論」、および、「ポイエシスとプラクシス」にまとめられている。 →
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3582
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3329
★後期西田哲学の実践論

(注13)フランクル『意味への意志』 山田邦男監訳、春秋社

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5750
【目次】ヴィクトール・フランクルと後期西田哲学の実践論
 〜それでも人生には意味がある
Posted by MF総研/大田 at 07:59 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL