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ロゴセラピーの「自己超越」の手法に類似するSIMT [2026年02月04日(Wed)]

ヴィクトール・フランクル
 〜それでも人生には意味がある

第4回 人生という「砂時計」
〜(その4)過去は保存されている
 「今、ここ」しかないという教えとの関係は?

ロゴセラピーの「自己超越」の手法に類似するSIMT

前の記事で、こうのべました。

 ロゴセラピーにおいては、前の記事のようにして、精神療法者は支援するのでしょう。

 ただ、愛する人を亡くしてうつ病になったひとで、自殺念慮を持つうつ病を治療することは、容易ではなく難しいでしょう。(容易であるなら、うつ病による自殺をほぼすべて防止できます。容易ではないだろうという理由です。)  容易ではありませんが、自己洞察瞑想療法、SIMTでは、次のように支援します。半年から2年かけて。

 ロゴセラピーの主な手法の一つとして「自己超越」がテキストに紹介されていましたね。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5780
★ロゴセラピーによる手法・自己超越

 「自己超越」の手法とは、次のようなことだと紹介されています。

◆自己超越の手法
 「人は誰かのため、何かのための目標や役割をはっきり意識できれば、恐れや不安、体の不調などがあったとしても、 それについてあれこれ考えません。自分自身の心身の状態よりも、誰かや何かのためという「意味」のほうへ「まなざし」が 向けられるからです。つまり、自分の内側より外側に関心を持つほうが、心身の問題は軽減できるのです。」(注1,p50) → (SIMTの方針も全く同じ)

 不思議にも、SIMTの手法を要約すると、全くこのとおりです。この方針を、こと細かに分解して、セッション1から10まで構成した方法で、毎日、コツコツと練習して、半年、2年かけて、上記の「自己超越」の生活ができるようにするのです。

 なぜなのか。
 「愛する人」を亡くして、自殺念慮がある人は、上記のフランクルの「自己超越」の方針を伝えても、すぐにはできません。脳内の眼窩前頭皮質、背外側前頭前野、前部帯状回、海馬などに炎症が生じているためのようですが、理解力も実行力も低下しています。だからこそ、自殺念慮があるのです。
 SIMTでは、後期西田哲学の意志作用と行為的直観をこまかく分解して、やさしいことから初めて、理想形の行為的直観で生活できるように、毎日の意識の使い方が意志作用、行為的直観になるように、組み立てています。
 この時に、愛する人を亡くして、自殺念慮のあるひとの場合には、「誰かや何かのためという「意味」のほう」ということは「価値」ですが、次のように確認してもらいます。

 大切な「意味」や「価値」がほかにある人は、それを「価値」として位置付ける。仕事(うつ病がひどくても、仕事もしている)や教育などです。
 ほかにないひと(たとえば、無職、長期休職中)は、「うつ病を治すこと」を10か月間の暫定的な「価値」としてもらいます。

 SIMT(=後期西田哲学)の手法の背景の理論、意志作用、行為的直観は、次に述べました。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5809
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5811
★自己洞察瞑想療法が用いるのは、西田哲学の「意志作用」「行為的直観」

 愛する人を亡くして、重いうつ病が治らないというひとは、(すぐには治らないので)日々の生活のほとんどの時間を、意志作用と行為的直観の哲学を背景にしたSIMTの方法(理解できるようにやさしく述べている)を念頭において、生活していきます。
 日々の生活で、家族との間、職場で、感情が起こります。「恐れや不安、体の不調など」にあたりますが、自分の期待に反したようなことが意識されて、感情が起こります。それでも、衝動的な感情にかられた発言、回避・逃避・まぎらし行為(=価値崩壊の反応)をせずに、価値(うつ病を治す、仕事など)に効果があるとされることの方に意識を向けて、その方向の行動をします。これを、毎日実行します。すると、10か月の間には、意志作用と行為的直観の方法で生活することができるようになります。まだ、完治しない場合、セッション10のまとめの生活(意志作用と行為的直観を意識した)をさらに1年続けます。
 そうすると、うつ病の症状ならば、ほとんどすべて治ります。回復しない症状は、うつ病のものではないのでしょう。何か身体の病気の症状でしょう。
 なぜ、SIMTでうつ病が完治するのかは、今後、脳神経生理学などで研究していただきたいですが、私の推測では、意志作用、行為的直観の生活をすると、上記の「炎症が起きていた脳の部位」を活性化させることになり、その部位の炎症が治癒したことで、症状が消失したのだろうということです。

 以上のように、フランクルは、人生における「愛」の特別な意味を詳細に分析しました。しかし、「愛」の機会を持たなかったと思うひとが幸福ではないということではないと、フランクルは言っている。この言葉を重視したい。(次の記事で)

(注1)NHKこころの時代 テキスト 『ヴィクトール・フランクル 〜それでも人生には意味がある』勝田芽生、NHK出版

(注5)フランクル『人間とは何か』山田邦男監訳、春秋社

(注7)藤田正勝『西田幾多郎』岩波新書

(注8)現存在と相在
 「存在論の用語で、現存在(Dasein)が一般に「有ること」(「がある」)を示すのに対して、相在(so-sein)は一定の性質およびそれをもつ存在(「である」)を指す。ここから両者は、フランクルがここで述べているような「存在」(exisistentia)と「本質」(essentia)という意味に用いられることもある。」(フランクル『人間とは何か』p373)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5750
【目次】ヴィクトール・フランクルと後期西田哲学の実践論
 〜それでも人生には意味がある
Posted by MF総研/大田 at 14:34 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL