その5) 価値にも執着しない [2026年01月22日(Thu)]
マインドフルネス心理療法SIMTの構造【セッション7の意図】 必然の世界で自由意志で生きる 〜 自己と世界はひとつ・非二元観その5) 価値にも執着しないセッション7は、「受け入れ」の心得が重視されている。つらいからといっても、逃避、回避、などせず、依存行為などせず、自分の生きがい価値に向けて意志を決断していく。後期西田哲学の重要な理念がセッション7の背景には、次のように多くのことがある。 1)創造的世界の創造的要素 → https://blog.canpan.info/jitou/archive/5825 2)作られたものから作るものへ → https://blog.canpan.info/jitou/archive/5826 3)非二元観=世界の中に自己、自己の中に世界 → https://blog.canpan.info/jitou/archive/5827 4)必然と自由意志 → https://blog.canpan.info/jitou/archive/5828 5)価値にも執着しない この記事 自己は、自由意志をもつのであるから、価値の選択、変更もできる「自由意志」がある。 5)執着しない=価値にも執着しない自分の価値の世界は、自分が主役で、自分の自由意志があるが、居心地よい世界を作る実践指針は「至誠」になる。自己、他者に誠実でないところに、うつ病も起きる。人生を 生きていくうえで、数々の不快な出来事が起きるのは、必然である。不快と評価するのは、自然ではあるが、それに対する行動は、うつ病や不安症などにならないものでなければならない。 不快な感情が起きた時の、行動の選択の心得が、セッション6の「本音」の学習だった。https://blog.canpan.info/jitou/archive/5823 ★「本音」の意識化 「本音」は、執着しないことも心得の一つであるが、人生の「価値にも執着しない」柔軟心も必要である。 ◆人生価値の重視 ある価値をいきがいとして、つらいことがあって不快な感情が起きても、人生価値への行動を決断して生きていくのが、SIMTのすすめる方針ではある。このことを、セッション4で、「価値」の確認を強調した。自分の価値が実現するような行動を選択していきていくことが、セッション10以後も続く。 https://blog.canpan.info/jitou/archive/5820 ★価値の確認 そうではあるが、しかし、何らかの価値は重視して行動することは、一生続くが、長い人生を生きていく時には「価値」にも執着しないことも心得ておく必要がある。 たとえば、結婚とか事故によって、従来の仕事ができなくなることも起きるだろう。定年で退職とか、高齢になって、仕事ができなくなることもある。 ◆人生価値にも執着しない 自分の現在、重視している価値に執着しすぎると、自己をうつ病、自殺にも追い込むことがあることは理解していなければならない。現在の価値を重視するあまり、苦痛の思考、行動を起こしすぎて、うつ病の悪化、自殺も起きることがある。過労によるうつ病は、その典型である。また、現在の価値の世界の環境が、自分にとって過酷な場合もある。職場や家庭の環境が厳しすぎることがある。 その価値の世界が、自由意志で価値実現の行為ができない場合、その価値の実行に執着しないで、救済を求めるとか、その場を一時的に離れて、別の価値世界をさがすという柔軟な心、執着しない心を持たなければならない。転職、退職、家庭の放棄、離婚、宗教からの離脱、などである。執着して、その世界にとどまると、うつ病を深めて、自殺のリスクがあることも。 苦痛の多い「価値」を捨てて、別の価値に変えていくことも考慮する柔軟心も必要となる。年齢、状況、身体の変化で、価値も変えていく柔軟さも求められる。 ◆他者の価値、生命も重視 価値を生きがいとする自己は「叡智的自己」であり、その価値実現の行為の真っ最中は、他者の価値が見えない。だから、自己中心的になりがちである。 そうならないように、価値実現の行為の途中でも、独断偏見、自己中心的な「本音」を発動していないか評価する意識を働かせる。それを「良心」という。 自己の価値に執着しすぎて、独断的、自己中心的になり、他者の価値実現を妨害して、他者をうつ病に追い込み、自殺に追い込むことがある。 そのようなことをすれば、自分が法律的に裁かれて、自分の価値をも崩壊させる。自分の価値をおびやかすからという理由で、他者を嫌悪して、他者の価値を崩壊させるような行動をしてはいけない。学者や宗教者も、しばしば、ひきおこしている。 https://blog.canpan.info/jitou/archive/5823 ★実践指針=「至誠」が背景に。 独断、我執は、自己や他者の価値実現を妨害する。ゆえに、西田が実践指針を「至誠」というのである。行為的直観的に「物そのものとなって考へ、そのものとなって行ふ所に、真の自己があるのである。」というのである。 人はみな叡智的自己として、自分の価値を遂行していく行為的直観を用いている。自分の価値を重視するあまりに、他者の価値、生命を尊重しない独断、我利我執を持つことをまぬかれない。 政治家も、宗教者も、学者も、この過ちを犯しやすい。だから、西田哲学が、「物そのものとなって考へ、そのものとなって行ふ所に、真の自己があるのである。」というのである。 「夢(=人生価値)と偏見に満ちた世界」 「世界と個人的自己との関係は、唯外面的対立的なのではない、何処までも矛盾的自己同一的でなければならない。我々の自己が自己自身に深くなればなる程、世界の問題が自己の問題となるのである。而して逆に我々が世界の真の問題を見出すことは、真の自己を見出すことである。矛盾的自己同一的世界は、何処までも決定されたものであると共に、何処までも動揺的である、作られたものから作るものへである。そこには無数の個人的自己が成立するのである。而して各人が各人の世界を有つ。世界が矛盾的自己同一的なればなる程、主観的思惟と努力との世界である。歴史の世界は夢と偏見とに充ちた世界と云ひ得るであろう。併し我々の自己は矛盾的自己同一的世界の個物として、世界の一角といふべきものでなければならない。行為的直観的に物そのものとなって考へ、そのものとなって行ふ所に、真の自己があるのである。否定すべきは、我々の自己の独断と我執でなければならない。無論、矛盾的自己同一的な世界は夢と偏見とに充満することが、それに本質的でなければならない。・・・各人の独断、各人の我執というものが、この世界に本質的でなければならない」(『経験科学』旧全集巻9,301頁) (注1) 大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社 (注2)10段階を一覧表にしたのが、次である。 http://mindfulness.jp/katudou/2023-10session.pdf https://blog.canpan.info/jitou/archive/5814 【目次】マインドフルネス心理療法SIMTの構造 |
Posted by
MF総研/大田
at 08:21
| マインドフルネス心理療法
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