その3)非二元観=世界の中に自己、自己の中に世界 [2026年01月20日(Tue)]
マインドフルネス心理療法SIMTの構造【セッション7の意図】 必然の世界で自由意志で生きる 〜 自己と世界はひとつ・非二元観その3)非二元観=世界の中に自己、自己の中に世界セッション7は、「受け入れ」の心得が重視されている。つらいからといっても、逃避、回避、などせず、依存行為などせず、自分の生きがい価値に向けて意志を決断していく。後期西田哲学の重要な理念がセッション7の背景には、次のように多くのことがある。 1)創造的世界の創造的要素 → https://blog.canpan.info/jitou/archive/5825 2)作られたものから作るものへ → https://blog.canpan.info/jitou/archive/5826 3)非二元観=世界の中に自己、自己の中に世界 この記事 4)必然と自由意志 5)価値にも執着しない その3) 非二元観、世界の中に自己、自己の中に世界自己は世界の中にいる。自己は世界の一角に在る。世界と自己が別々にあって、対立しているのではない。重層的に重なっている。自己が世界を意識する場合、自己の意識の場所に、世界を映している。そういう意味で、自己の中に世界がある。これまた、自己と世界が別々に有って、対立しているのではない。重層的に重なっている。 実際、非二元観である。このことは、フランクルも同様である(下記)。 ゆえに、自己と世界とは別であると見るのではない、観られたものが、自分とは別ということではない。 自分と世界が、別々にあれば、二元観であるが、西田哲学が教える真相は、これではなくて、非二元観である。SIMTの実践もこの見方を確認する。 自己は、常に世界の中にいる。これは事実である。世界の中に自己がある。 また、意識の働きから見る。自己の意識の中に世界を映している。自己(意識)の中に世界がある。自己と世界が別ではなくて、重なっている。互いを包摂している。 外部のように思える世界が自己の中にあるから、二元観ではない。外のように見える世界が自己の中にあるから、同じく、二元観でない。 つらいことを意識している場合、そのつらい内容は、意識の作用(ノエシス)が、作った内容、作られたもの(ノエマ)である。それを作る主体は、働きの於いてある場所である。 同様のことをフランクルもいう。 「つまり、世界は意識の中にだけ(中略)存在するだけでなく、意識がまた世界の中にも存在するということ、世界の中に「含まれている」ということであります。」 (ヴィクトール・フランクル『制約されざる人間』山田邦男訳、春秋社、p63) (図)非二元観 【参考記事】 https://blog.canpan.info/jitou/archive/5290 https://blog.canpan.info/jitou/archive/5291 ★ブームの「マインドフルネス」は二元論で観察 それでは、人生に押し寄せる深い問題の解決には、限界がある。 日本の深い哲学は、大乗仏教に萌芽があることは、鈴木大拙、竹村牧男などが確認している。もっと、 日本の深い哲学を尊重していただきたい。 (注1) 大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社 (注2)10段階を一覧表にしたのが、次である。 http://mindfulness.jp/katudou/2023-10session.pdf https://blog.canpan.info/jitou/archive/5814 【目次】マインドフルネス心理療法SIMTの構造 |
Posted by
MF総研/大田
at 10:56
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