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新しい年になりました [2026年01月01日(Thu)]

新しい年になりました

新しい年になりました。

私は、
「おめでとうございます」
とは、言えないひねくれもの。

おめでとうとは言いたくないひとびとがたくさんおられることを知っています。

 宮沢賢治に
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得 ない」という言葉があります。 これが、気になるのです。

「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと 明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの 中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験と われらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福に ならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集 団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道 ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行く ことである われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道で ある」
(農民芸術概論綱要、1926年、宮沢賢治)

 「直観」というのは、西田哲学の行為的直観に近いようです。 そこは、各人が「幸福」だと思える世界でしょう。

 各人が「幸せ」だと思える世界をさがすのです。
 今年こそ、幸せになってください。

◆ 私が幸福だと思える世界
「私」は「世界」の中に生まれた。
私は世界の中で生きていかねばならない。
私は世界という場所に包まれている。
私は、物理的な世界の中、地球とか日本の中にいる。
それは、宇宙から眺めたものである。
そういう物理的な世界ではなくて、
精神の世界がある。
無数の精神世界がある。
学問、芸術、無数の仕事・ビジネス、宗教、等々。

無数の精神的活躍の場がある。
その中には、私がいることを歓迎してくれる場もある。
私が、そこで働いたり、参加すると喜んでくれる。
それで、私も嬉しい、幸福である。

そういう場所が無数にある。
そこで活躍してくれるひとを待っている。
何か作ってくれることでもいい。
参加、体験してくれるのでもいい。
私には私のできること、私の好きなことがある。
自分を待っている世界があるはず。
行ってみないとわからない。

広い世界に出ていって、さがす。

私がそこにいることを許してくれる場所
私がそこで他の人のために働きたくなる場所
私がそこで働くことを喜んでくれる場所
私がそこにいることを喜んでくれる場所

「私の世界」、私と他の人とがいる場所。


 宮沢賢治の詩は、このような精神世界を表現しているのでしょうか。
(電燈は失われ)とは。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
 (ひかりはたもち その電燈は失われ)
(「春と修羅」序)


 今年こそ、幸せへの道を。

【孤独・孤立対策および自殺防止対策2026年】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5846
★孤独・孤立から起きるうつ病、自殺の防止対策
Posted by MF総研/大田 at 10:23 | 孤独孤立自殺うつ病不安症 | この記事のURL