• もっと見る
«能登半島地震の被災者 〜 2年たっても、分散した被災者 支援難題 | Main | (その9)人生の意味を問うのでなく人生を作っていく»
意味、生きがいの「わな」 [2025年12月27日(Sat)]
フランクルの放送3回目は明日ですね。

ヴィクトール・フランクル  〜それでも人生には意味がある

第3回 豊かさの中の「空虚」
〜(その8)意味、生きがいの「わな」

 テレビ放送の3回目は、明日になりました。 フランクルは、意味の喪失感を「実存的空虚感」と呼びました。 勝田芽生さんは、現代の日本にも多いと述べています。  仕事を持っている人の中にも、ひきこもりの人の中にも、このような実存的空虚感を持つひとがいるでしょう。これを持つひとは、「孤独感」を持つと言われます。こういう人のなかからも、自殺が起きるといいます。
 愛する人、仕事を失ったひとにも「生きがい」の喪失のリスクがあります。
 この領域には、カルトへ入っていくリスクもあります。

 神谷美恵子は、次のように言っています。

 「生きがいをうしなったひとは、みな一様に孤独になる。」(注9,P115)

 「生きがいをうしない、絶望と虚無の暗い谷底へおちこんでしまったひとの多くは自殺を考える。」(注9,P138)

 だから、地方創生SDGs3.4(自殺の減少)のためにも、「孤独・孤立対策」のためにも、大震災の被災地の災害関連死の防止の支援、カルトの被害防止のためにも、生きがいの発見の支援が重要になるでしょう。
 「いきがい」については、実際に臨床の現場で、支援したヴィクトール・フランクルや、日本の神谷美恵子の研究成果を参照して、支援対策を実現させていきたいものです。

 「もし生きがい感というものが以上のようなものであるとすれば、どういうひとが一ばん生きがいを感じる人種であろうか。自己の生存目標をはっきりと自覚し、自分の生きている必要を確信し、その目標にむかって全力をそそいで歩いているひとーーいいかえれば使命感に生きるひとではないであろうか。」(注9,p38)

 こうして、意味、生きがいの発見について支援が行われるが、この「使命感」のところに、反社会的カルトへの誘惑のリスクがないでしょうか。というのは、反社会的な団体の勧誘はかなり積極的だからです。孤独・孤立のひとには、暖かそうな声をかけて、しばらく楽しい雰囲気の居場所を提供するでしょう。そして、そのなかで、世の中を変えていく使命感を説くかもしれません。大学生も勧誘されるおそれがあります。
 というのも、神谷が次のように言うように、宗教も生きがい、価値になるからです。生きがいを7つ分類して、その7番目です。

 「あらゆる仕事や使命はこれに属する。報恩、忠節、孝行などもここに入れてよいかもしれない。また教祖的役割を持ったひとへの帰依、哲学的信念、宗教的信仰はもっとも広く意味への欲求をみたす生きがいでありうる。」(注9,P90)

 しかし、生きがいに見えるようで、反社会的なものもはいりこむおそれがあります。

 「しかし使命感のもたらすものは必ずしも人間の社会にとって建設的なものばかりではない。・・・・使命感の内容によっては反社会的なもの、病的なものをもうみ出しうる。」(注9,P48)

 だから、西田哲学でいう浅い瞑想や「意志作用」の観察のトレーニングだけではすみません。意志作用の奥に働く叡智的自己としての行為的直観が、反社会的な世界価値観であっては、後に家庭崩壊、本人や家族の自殺など不幸になるリスクがあります。

(注9)神谷美恵子『生きがいについて』みすず書房

(注1)NHKこころの時代 テキスト 『ヴィクトール・フランクル 〜それでも人生には意味がある』勝田芽生、NHK出版

(注2)大田健次郎 『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社

(注3)フランクル『夜と霧』池田香代子訳、みすず書房

(注4)テキストの第5回で「品格のある人間」「ない人間」がもう少し詳しく述べられます。やはり、フラ ンクルと西田哲学は類似することがわかります。

(注5)フランクル『人間とは何か』山田邦男監訳、春秋社

(注6)SIMT=Self Insight Meditation Therapy。自己洞察瞑想療法。 公刊された書籍は、3つです。ほかに、マインドフルネス瞑想療法士の 講座に使用されるテキスト が多数あります。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5348
★自己洞察瞑想療法、SIMT ブームになった「マインドフルネス」(第1世代マインドフルネス)とは、違います

(注7)ブームの「マインドフルネス」は、各人の意味、価値の場面での観察ではありません。「無評価」ですむ、瞑想時、歩く時、食べる時です。「身体」レベルの浅い意識の「自己距離化」です。「自己超越」の場面が多い人生局面では、できません。外国では、社会問題の見てみぬふりの助長など批判が起きています。この放送の第3回目のロゴセラピーの説明(自分を見すぎるな)を見ても、そのような印象を受けます。それを知ったうえで、限定した場面だけで行うべきです。

(注8)第2世代のマインドフルネス(SIMT)は、かなりちがいます。観察するだけではありません。ストレスを起こす思考が内容によっては、自他を苦しめないか評価もし、ストップすべきかどうかも評価します。「価値」への行動に意識を向けるトレーニングを強調します。フランクルの「自己超越」に該当するでしょう。こういうところから、第1世代マインドフルネスは「身体」レベルの観察に類似し、SIMTは「精神」レベルに類似します。「マインドフルネス(無評価)」も適切な対象に提供しないと、生命を失うおそれがあります。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5750
【目次】ヴィクトール・フランクルと後期西田哲学の実践論
 〜それでも人生には意味がある


https://blog.canpan.info/jitou/archive/5555
【目次】孤独・孤立対策にうつ病の視点を

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5572
【目次】自殺防止対策 2025年

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5564
【目次】大震災の被災地の心のケア
Posted by MF総研/大田 at 21:59 | 孤独孤立自殺うつ病不安症 | この記事のURL