スピリチュアル・バイパッシングの危険性 [2023年12月30日(Sat)]
2023年、
日本、世界で種々の事件、紛争が勃発した時点で「マインドフルネス再考」
第1世代マインドフルネスに向けられた批判
〜 主にMBSR、MBCTの弊害
スピリチュアル・バイパッシングの危険性
次の論文で指摘された「マインドフルネス」に対する批判について紹介するとともに、私見を述べている。
(B) 池埜聡・内田範子「第2世代マインドフルネス」の出現と今後の展望ー社会正義の価値に資する「関係性」への視座を踏まえてー、Human Welfare, 12:87-102,2020年 (これは、上記雑誌、1月号で、林紀行氏が注9)で紹介している。(p15) )
「マインドフルネス」は宗教でなく科学であるような広報がされてブームになっているが、欧米では、深刻な批判が起きている。うつ病、PTSDなどの解決にはほど遠い。日本では、子ども、若い人、産後うつ病の人、働き盛りの人、高齢者、がん患者
などのうつ病、自殺などの問題が解決しない。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/1812
★無視・傍観・軽視・放置・見放される病
第3の批判は「スピリチュアル・バイパッシング」と呼ばれる。
「「スピリチュアル・バイパッシング」とは、スピリチュアルな考えやプラクティスを用いて未解決の情緒的問題、心的外傷、そして未処理の発達上の課題などに直面することを避ける傾向」と定義される(Welwood,2002)。」(p91)
「マインドフルネス瞑想だけではトラウマや実存的な苦悩からの解放は得られないという点が理解されないまま、瞑想に万能性を求める人が少なくない現状が危惧されている(Kornfield,1993;treleaven,2018)」。(p91)
「臨床マインドフルネスのプラクティスでは、想起される思考や感情にとらわれず、手放していくという認知的プロセスを訓練する。しかし、人によっては過去に生じたトラウマ記憶を手放すことに没頭してしまい、トラウマ記憶の否認や回避を強化してしまうことになりかねない。」(p91)
以上の批判のように、トラウマ、深い問題を持つ人には解決にならないという。こういう深い問題を学問が研究しなければならないのに、学問が回避する口実になる。
「瞑想法に聖なるものや神秘性を付与することで、さらに問題の回避が促され、結果的に異なる指導者や実践の機会を探し求めてさまよう「瞑想難民」と称される人々が生まれてしまう現状も報告されている(ナラテボー・魚川、2016)。」
マインドフルネスがブームになってから、日本人は指導者を次々と探し回る瞑想難民を生じている。外国まで行く人もいるだろう。精神療法と宗教は違う(フランクル5261)のだが、宗教者のもとまでいくのも瞑想難民だろう。カルトに向かわなければいいが、そのリスクがある。
エリート主義にもとづく見せかけの親切心
Treleavenによる批判を紹介している。
「『今、この瞬間、マインドフルに』という瞑想指導は、その人の苦悩や痛みを軽んじることになりかねない」。
「マインドフルネス指導者の多くがエリート主義にもとづく見せかけの親切心によってトラウマの問題を過少評価していると批判する。」(p92)
「マインドフルネス指導者の中にはトラウマに対する専門知識を持たず、瞑想法のガイドラインに固執することで、スピリチュアル・バイパッシングを強化している現実に気づいていない人も多数存在していると指摘する。」(p92)
これは、深い問題を抱えたひとが参加した場合、知識もなく誤った指導をしてしまうという、無知による過ちを犯す危険性の指摘である。自殺させていることも起きているかもしれない(第4の批判参照:病的欲求・邪な欲求を強化する危険性)。
第1世代のマインドフルネスでは解決できない問題で苦悩する人々
トラウマは、日本でもPTSDやうつ病の背後にある人が多い。こういう深刻な問題は、第1世代マインドフルネス瞑想だけでは改善しない。こういう問題をマインドフルネス者は避ける傾向が日本にもあるだろう。
生活行動時にも感情を起こす自分の基準を観察するSIMTでは、PTSDも治る人がいる。
SIMTも万能ではないが、研究していけば、さらに支援できるかもしれない希望がある。
トラウマや深刻な苦悩を持つ人を支援することは、対象外として排除して、「マインドフルネス」をいうコミュニティ全体が支援しないことを「怠慢」「見て見ぬふりではないか」という意見を言わないことを自己合理化する傾向を助長してないか。
マインドフルネスの支援者のすべてがトラウマや自殺など深刻な問題を回避しても「悪」「怠慢」と意識しない傾向を助長していないか。多数であると意識されにくいが、社会的支援をしないことが「怠慢」と感じない傾向がないか。メディアも多数派のものだけしか見えない。批判が聞こえてきても見て見ぬふりしていないか。
トラウマ記憶を手放す訓練をしては、トラウマの否認や回避を強化してしまうことになりかねないと欧米では指摘されるが、それを感じる日本のマインドフルネス者は、解決支援を回避しているかもしれない。つらい弱者がうかばれない。
「マインドフルネス」のブームのために、きっともっとすぐれた指導者がいるはずだと、指導者を探し求めてさまよう「瞑想難民」が生まれる。日本でも、四諦八正道の宣伝が盛んに行うものも現れた。外国までも行くひとがいる。東南アジアの初期仏教は、この人生の苦を解決するようには構造化されておらず、六道輪廻からの解脱を求めるのであり、大乗仏教から利他に弱いと批判されたもので、現代人の苦悩解決が重点に置かれていない。それでも、苦しい人が期待して探しゆく瞑想難民が現れているだろう。
「『今、この瞬間、マインドフルに』という瞑想指導は、その人の苦悩や痛みを軽んじることになりかねない」という問題については、過去のトラウマの扱いを軽視するマインドフルネスでは解決しないという。解決しない方法を押し付けることになる。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4052
★「マインドフルネス」で臨床するひとがいない日本
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5168
★【連続記事目次】孤独・孤立の対策&
不登校・ひきこもり・自殺念慮対策(SDGs3.4)
自殺防止対策にも、孤独孤立対策にも。
◆2023年、
日本、世界で種々の事件、紛争が勃発した時点で「マインドフルネス再考」
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5296
【目次】第1世代のマインドフルネスに対する批判
〜 問題を克服するために第2世代マインドフルネスへ
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Posted by
MF総研/大田
at 08:01
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さまざまなマインドフルネス
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