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(7)一元論(東洋)と二元論(西洋)〜その2 [2023年12月09日(Sat)]
うつ病を治して自殺防止
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5119
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4893
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4722

2023年、 日本、世界で種々の事件、紛争が勃発した時点で「マインドフルネス再考」
マインドフルネス学は科学学問としてはまだ成熟していない
(7)一元論(東洋)と二元論(西洋)〜その2

 自己の内面を「観察」することは、東洋では2000年の試行錯誤があって、現在までも種々の宗派が各国にある。「マインドフルネス」もわずか30年ほどの短い年月の間に、似たような歴史を展開した。「マインドフルネス」も試行錯誤の際中であり多数の学派(?)に分かれている。「マインドフルネス」をうたいながら、二元論を超えて非二元論のマインドフルネスも指摘されだした。
 そして、なお、二元論の枠内ではあるが、アメリカでは「第2世代のマインドフルネス」が提唱されている。
 (この雑誌では、林紀行氏が触れている。P13-14)。第2世代のマインドフルネスも外国からのものである。いずれにしても、「無評価で観察の瞑想」を超えて、社会行動時まで内面の観察を加えた精神療法を、私(大田)は、「第4世代の認知行動療法」と称することにした。第3世代は、うつ病、PTSDなどの「完治」の支援はできないが、第4世代は、完治の効果を目指すものである。)
    https://blog.canpan.info/jitou/archive/5222
    ★第4世代の認知行動療法(第2世代マインドフルネス)
     日本の自己洞察瞑想療法(SIMT)もその一つ。アメリカのMBPHもその一つ。
 佐渡氏が、マインドフルネスの指導者になるためには、かなり長時間の呼吸瞑想を必要とすると述べている。なぜだろうか。
 伊藤靖氏も「非二元性」をいい、「Kabat-Zinnは呼吸瞑想に関して、" 完全に呼吸と一つになり、自分がなくなる”と記している。」(p25)

 佐渡氏は、こういう。(サイレントリトリートは、合宿の瞑想会)

 「マインドフルネス療法の認定講師の取得のために、ヴィパッサナー瞑想のサイレントリトリートへの参加が必須とされていることが、このことを裏付けている。」 (p21)
 「呼吸と一つになる」「自分がなくなる」ほどの瞑想経験が支援者には必要であるという認識があるようだ。

 「筆者はこれまで繰り返しヴィパッサナー瞑想のサイレントリトリートヘの参加を繰り返す中で徐々に自己と外界との境界がなくなり、外界のあらゆる事象と自己とが有機的につながっている感覚を感じられるようになってきたのが実情である(もちろんそれでも自分が悟ったなどというつもりはない)。8週間の通常のマインドフルネス療法のクラスでこうした一元論の感覚に到達するのはきわめて稀だろうと思う。」(p21)

 「呼吸と一つになる」「自分がなくなる」という瞑想体験は、絶対無の体験ではなくて、行為的直観の瞬間の「ノエマ」(対象)だけが意識される体験であろう。主体(知るもの、行為するもの、自己)が意識されず、ノエマだけが意識される時。相対的一元論であろう。これは、瞑想時だけではなくて、価値への行動時(農作業、創作行為、医師の手術の瞬間などに典型的に現れるが)にもしばしばみられる心的事象である。それであろう。
 マインドフルネスの支援者になるための資格の条件として合宿に参加して長時間の瞑想の体験を持つことが必要という。

資料KN-01-場所の論理2023.jpg

 いつも「対象」と「みる自己」があるという「二元論」ではない瞬間の体験。「みる自己」が意識されず、「対象」のみ。
 しかし、この時の、体験者は「他者の苦悩」のための支援のカウンセリングをしていない、農作物を生産していない、学生に教えていない、、、、。何のいきがい、人生価値の遂行なのか。 この自己がない瞬間、呼吸だけがある瞬間、それだけの瞬間が連続する人生が長時間(1年も)連続する人生が「幸福」だというひとがいるだろうか。すなわち、「瞑想するだけの人生」。
 それだけでは「幸福」であるはずがない。これほどの深い呼吸になる瞑想をなぜするのだろうか。「リトリートに参加すること」は「精神療法で〇〇の人を救済すること」そして「新しい療法を開発する研究者であること」などが、人生の「価値」なのだ。芸能ではない、学教教育ではない、農業ではない、スポーツではない。その人が選択した人生の価値(職業になるひとが多い)。(大田は、職業となっていない)
 あの呼吸だけになる時、不思議なことに、他のすべての価値対象が消えていた。研究者、療法、苦悩する人など、呼吸以外のすべてが消えていた。善悪などの評価もない。「苦」もない。病気もない、「死」もない。
 この体験で、問題から解放されるひともいる。
 「何がそうしたのか」「自分ではない」はずだ、自分が消えていたのだから。内奥(底)から働いている働きがある。
 リトリートには、種々の職種の人が参加する。人生価値は同じではない。しかし、各人の「人生価値」を帯びて参加してきた。そのうち、一部のひとが、あの体験をする。二元論でない体験。ただし、絶対無、無分節の体験ではない。
 呼吸だけになった体験だけでは解決しない問題が多い。病気も治らない。
 瞑想が深くなってもこれだけでは、人生を生きていけない。職場でも世間でも、評価が渦巻く。不正をすると批判される。ハラスメント行為をすると制裁される。社会の現場は批判する、批判される現場である。自分や他者の価値を崩壊させないような善悪の判断も必要である。
 自分が選択した価値(家族、職業など)のただなかでは、どのような心で生きていけばいいのか、満足、幸福と感じられる生活になるのか、うつ病にならないように、うつ病になったら早く回復するような心の観察、実行の方法があるのか、それを知りたい、教えたい。そうなのであろう。 ここに、幸福の哲学、人生の哲学が必要になる。仏教では智慧といった。

 瞑想それだけでは「幸福」になれない。瞑想しなくても幸福なひともいる。 「瞑想」は「智慧」「哲学」を持って、その方向を実現するものでありたい。各人の人生価値の現場で自分も他者も価値を崩壊させないように生活していく「共生」社会になるように、自分の心を観察することを瞑想の際中もトレニンーグする。その瞑想時のトレーニングで行動時の反応のしかたもリハーサルする。すると瞑想時にも、思考やが渦巻く時には傍観せずにその影響を評価し、適切な反応を選択する。この点はMBCTの方法と違う。

(続く)  西洋の二元論と東洋の非二元論の違いを図示してみよう。自己、意識の構造が異なる。(次の記事)



(参考図)二元論から一元論のマインドフルネス

佐渡氏は二元論、一元論を述べた。「無評価の瞑想」を超えて、セラピストは一元論を理解することが必要という。(ただし、初期仏教の「無我」は実践的であり、「実在論」的(対象とならない)ではない。

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(西田は初期と晩期とでは用語が異なる。最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」では、すべての人の根底を「絶対無の場所」「絶対者」「絶対的一者」という。絶対に対象にならない。上図では「絶対無」という語にした。)
SIMTを用いる自己洞察瞑想療法士の講座では、 次の哲学を学習する。

第7回(1月15日)に初期仏教の哲学(大乗仏教、道元、西田哲学と違う)
第8回(2月16日、金曜)に、道元の哲学(絶対無まであるのが道元)
第9回(3月18日)に相対的一元論(叡智的自己)
第10回(4月15日)に絶対無の一元論二元論の分かれる前(人格的自己)の哲学
(聴講したい人は「マインドフルネス総合研究所」にメールでご連絡を。)
メールは、 ホームページに掲載。
各回:テキスト代3000円。
会場は、埼玉県蓮田市。オンラインはありません。
開催日は、2月以外は月曜です。


薬でなくうつ病を治す方法の開発は長年の悲願
https://blog.canpan.info/jitou/archive/1847
★2009年のNHKテレビ放送とともに出版された本

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4436
★科学学問も第三者による評価が必要

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★学者も自己自身をも批判する良心を

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★専門家多数派のエゴイズムを考える

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★宗教、学問も自分のものを執着する
 〜メディアにしかできない

(注)
「無評価で観察の瞑想」は、7つの態度のうち第一をさらに簡略にしたものが普及している
ジョン・カバト・ツィン 1993「生命力がよみがえる瞑想健康法」春 木豊訳、実務教育出版、 pp55-56
後に、北大路書房から『マインドフルネスストレス低減法』の題で発行、同じくp55-56。


https://blog.canpan.info/jitou/archive/5281
◆「マインドフルネス再考」
マインドフルネス学は科学学問としてはまだ成熟していない
Posted by MF総研/大田 at 09:21 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL