• もっと見る
«マインドフルネスSIMT、自己洞察瞑想療法 | Main | 週刊 東洋経済 1億「総孤独」社会»
実践が伴うことに関する学問、実践されないと意味がないのでは [2022年11月23日(Wed)]

実践が伴うことに関する学問、実践されないと意味がないのでは

 国際的に、国内的に、ひどいことが起きています。 トップの倫理はどうなっているのでしょうか。

 倫理学も、西田哲学も、ある程度は実践されなければ意味がありません。 その学問が 真実を明らかにしているのかわかりませんね。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4291
 「倫理学は、単に理論を学んで終わりというものではなく、その理論を実践に活かせなければ意味がない。本書は倫理について批判的に考え、その結論に応じて生き方を変える覚悟のある人のための入門書である。」

 国、宗教にかかわらずに、地球における「人間」ならば、すべてが守るべき人道的な倫理がありそうなものです。

 他国の人民の生命をうばっていいのでしょうか。 宗教的な思想で、家族を苦しめるカルトの他者の苦の共感がないことに、驚きます。宗教てでなくても、「こういうことをすれば相手はつらいだろうな」と相手への苦の共感のないひとが多いのに、驚きます。教師さえも。そして大学の教師も社会よりも自利を優先、オルテガがいっています。ハラスメントもあります。 倫理学、哲学、仏教学、禅学、・・・。実践されなければ、意味がないのでしょうか。
 たった1回きりの人生なのに、人生を苦悩ばかり与えられ、大切な生命なのに殺され、自殺させられる。
 仏教学、禅学は、現代に活かされるものはないのでしょうか。「マインドフルネス」は、仏教を活用したものだというのですが、どの学者(?)の解釈を採用したのでしょうか。禅の学問は、現代に活用できる学問的解釈はないのでしょうか。無くてもいいのでしょうか。
 歴史的にあったもので、現代では、どうでもいいものなのでしょうか。若手に希望がなくなるのではありませんか。
Posted by MF総研/大田 at 11:55 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL