「葬式仏教化」で救えず [2022年11月12日(Sat)]
本来、宗教とは何か(3)「葬式仏教化」で救えず本来、宗教とはどういうものであるのか、学問としての宗教学ではどう定義しているのか。宗教の課題(1)救済 〜 その3https://blog.canpan.info/jitou/archive/2588★救済ということ 宗教哲学者の量義治氏は宗教には、5つの課題があるといいます。「苦悩からの救済」が宗教であることの課題の一つです。 宗教が政治的問題になっているが、日本には、日本人に親しまれてきた仏教がある。なぜ、日本のひとが韓国発の宗教で苦しんでいるのだろうか。 週刊誌アエラ(2022.10.24)にこういう記事が掲載された。 「葬式仏教化」で救えず このなかで、浄土宗正覚寺(京都市)住職でジャーナリストの鵜飼秀徳さんがこういう。 「本来の仏教は絶望からの救済が目的でした。けれど、檀家制度にあぐらをかき、 檀家以外の人には敷居の高い存在になっているところも。(中略) そこに救済はなく『葬式仏教』と揶揄されるようになってしまった」(鵜飼さん) 確かに、一般の人が、仏教に期待しなくなったかもしれないが、いまこそ、挽回のチャンスだと思う。 坐禅に似た、マインドフルネスがブームになっているが、これは、ほとんど坐禅と同じだ。仏教の寺で、よびかければ、マインドフルネスのように、いや、それ以上に、参加者が増えるかもしれない。 絶望からの救済、苦悩からの救済、先祖が地獄で苦しむ(?)などのことも、 禅宗ならば、道元禅師の言葉や実践で解決することがあるはずだ。なぜなら、うつ病などが治るマインドフルネスSIMTは、それに似たところがある。私は、マインドフルネスSIMTではなくて、 坐禅そのもので救済された。うつ病が治った。 だから、道元禅師の言葉で自分の寺の檀家信者、一般の人によびかければ、参加してくるはずだ。すぐ、そばで、あえいでいる檀家、信者、住民がいる。仏教の寺は信頼されている。再生してほしい。どこかの寺で実験してほしい。 ほかの宗門も、自分の宗派の教えで、マインドフルネスSIMTのような心理療法にすることができるはずだ。 都会から遠い地域の寺は、安心できる場所である。自然に囲まれて、悩み疲れた都会の人が、やすらぎを求めてくるだろう。そこに、教義を心理療法のように工夫すれば、うつ病などの治療法になる、そしてよびかければ、都市部のひとも参加するかもしれない。 今こそ、仏教再生のチャンスだと思う。 未来のために、長老、幹部の英断を。 未来のために、若手の奮起を。 注 (P )は「宗教哲学入門」量義治、講談社学術文庫,2008 大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社 (これが、通常のうつ病、不安症などを改善するマインドフルネスSIMT) 大田健次郎(2022)『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社 (これが、がん患者の死の不安とか、人格否定の苦とか、宗教的苦悩などを乗り越えるためのマインドフルネスSIMT) 【関連記事】 カルトについて触れた記事 https://blog.canpan.info/jitou/archive/4893 【連続記事】地方創生SDGs 3.4 自殺の減少 ー 2022年 今年こそマインドフルネスSIMTで実現を https://blog.canpan.info/jitou/archive/5071 【連続記事】本来、宗教とは何か |
Posted by
MF総研/大田
at 11:12
| 自殺防止は医者以外も
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