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死者と霊性の哲学(1) [2022年02月19日(Sat)]
新刊本が印刷中です。3月に発売になります。
『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』

死者と霊性の哲学(1)

 次の記事で深い自己の哲学についての書籍が刊行されたことを述べた。
『死者と霊性の哲学』末木文美士、朝日新書
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4930
 つい最近、出版された本でも、仏教や日本の哲学(仏教系の西田、田辺、鈴木、井筒など、キリスト教系の内村、矢内原、南原など)をとらえ直すことをすすめている。マインドフルネスの学問でもACTや弁証法的行動療法も深い「自己」を言うが、こうしたテーマは多数決で決めるようなものではない。「マインドフルネス」は宗教を排除したということをいうひとがいるが、それこそ評価であり、宗教を知らずに差別しておかしい。

 この問題は、「禅」「仏教」「マインドフルネス」、アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)、弁証法的行動療法などの哲学とも無関係ではないので、紹介したいが、この本のテーマは、禅やマインドフルネスと関係があるというものの、難解なので簡単には述べられない。この本の結論だけを紹介したい。
 また、 3月発売の拙著とも関係がある。

 がん患者の臨終にたちあった医師によれば、患者は宗教について知りたい、宗教をもっと深く勉強しなかったことを後悔するという。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/1780

   宗教は、自己とは何かを扱う。自己とは何か、その自己が消滅することの不安、恐怖ががん患者の重い問題だ。「自己」とは何かということは、ACTも弁証法的行動療法も扱う。前者は「文脈としての自己」、後者は「賢明な自己」が深い自己とする。だが、これは、この2つのマインドフルネス心理療法のテーマではないので、がん患者の問題には用いられないだろう。
 この重いテーマで検討されるものは、日本や欧米の「霊性」の哲学だ。 海外のものとしては「神智学」の人々がいて、 日本では、西田幾多郎、田辺元、鈴木大拙、井筒俊彦などが検討されている。キリスト教系では、内村鑑三、矢内原忠雄などである。

 本書は、欧米の「マインドフルネス」が扱わないところが主なテーマである。現代の世界に必要とされているものだという。結論に近い最後の方を紹介する。それぞれの宗教を超えた根源的なものはないのかということについて、 欧米、日本の哲学を検討したあと、著者の結論に近いところは次のようなことだ。

 「政治が選挙で多数を得たという理由で、他の宗教や科学などの領域の助けなしに、それ自体で自立し得ると考えるのは間違っている。まして、その現世的権力をもって、あらゆる分野に力を振るい、すべてを決定できるという見方は、とんでもないことである。 専門の研究者の意見を聞かなければならないことはもちろんだが、宗教や霊性的領域との関わりも、裏側に隠すのではなく、むしろ非常に重要な問題として、きちんと議論し、最善の道を選ぶ必要がある。」(p312)

政治や科学にすすむべき理想、長期的な希望をもたらす宗教、霊性
 「もし政治の論理に任せると、それはポスト近代的な状況の中で、力がすべてで、相互に敵対する構造の中に投げ込まれるだけである。それに理想を与え、長期的な希望をもたらすのは、宗教や霊性的な分野の仕事である。」(p312)

 「特殊性を考慮しながらも、他者との共存を願い、地球的、宇宙的な視野でものを考えていかなければならない。力で争って滅亡へと向かうのか、それともより広い視座に立って、未来へ向かって希望と理想を取り戻すことができるのか。その選択はすでに待ったなしの状態である。」(p312)

 これは、同化、排除でないこと(p318)、相互理解(p318)、地球的、共存(p312)でもある。

 「何でも強者の後ろに付いて歩くことで、自分も威張れると思う「森の石松症候群」はもうやめようではないか」(p319)

 これは、欧米のものの輸入だけ、欧米への追随だけはやめようということだ。自分の力で考え、信念を貫いて行動すること(p319)、十分議論し「哲学」を確立していくこと(p319)だ。

 哲学のない「科学」も「政治」も危ういし、独断的な思想の宗教も危うい。だから、私も哲学のない「マインドフルネス」や「宗教的実践」で、多数決で進めていくのは、おかしいと思うのだ。大学でも、哲学を十分理解せずに多数派のみが力を得ているところがあるのだ。オルテガの批判することが起きていて、未来が危ういのだ。

 著者の末木氏は、日本の哲学の中にも、世界的、普遍的として、世界に発信できるものがあるという。

(次の記事で)

死者と霊性の哲学
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4932

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4938
★(7)末木氏の目指すところとマインドフルネス、仏教、そして学問のすべて

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4937
★(6)世界観・人間観の哲学を確立して自分の力で考え信念を貫いて行動すること

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4936
★(5)世界や自己の共通の根源を探求する神智学

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4935
★(4)同化、排除でなく相互理解、共存共生

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4934
★(3)哲学とは、霊性とは。海外の「神智学」や日本の哲学にみるべきものがある。この分野は、外国に追随するだけではなくて、日本のものを捉え直すべき。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4933
★(2)日本の伝統思想も新しい目で見直し、活用することも可能となるのではないだろうか。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4932
★(1)政治の論理に任せると、力がすべてで、相互に敵対する構造の中に投げ込まれる。 それに理想を与え、長期的な希望をもたらすのは、宗教や霊性的な分野の仕事。
Posted by MF総研/大田 at 19:49 | 深いマインドフルネス | この記事のURL