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第3のモットー 得意なこと、好きなことで勝負せよ [2022年02月17日(Thu)]
新刊本が印刷中です。3月に発売になります。
『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』

人間は、すべて、エゴイストです。違う世界を生きています。西田幾多郎は「叡智的世界」といいます。すべて、別の世界を生きています。仏教、とくに、密教で「曼陀羅」で教えています。その自分でみつけた叡智的世界で自分さえ幸福であればいい、大将になりたい。そのように生きていく専門家、学者、宗教者、マインドフルネス者。苦しみ悩む人が見えない世界で生きています。苦しみ悩む人がいる叡智的世界で生きていくのは、医療関係者。介護関連・精神療法関係の叡智的世界で生きる人たち。

 しかし、それもできなくなるかもしれない、自分に降ってわいた「がん告知」、「死」の予期。学問、宗教、マインドフルネス、仕事どころではなくなるが、これから、どう生きるか。どう死ぬか。日本にあった深い禅に学ぶ生き方。

【研究・学問の自由のない日本】

(6)日本で研究したくない理由
 〜 その理由を詳細に説明(3)
 ノーベル物理学賞に選ばれた真鍋氏

 ノーベル物理学賞に選ばれた真鍋氏が「日本に戻りたくない」と発言されましたが、雑誌「文芸春秋」3月号に、これと関連することを詳細に説明されました。

「日本人へ!」 世界からの提言
ノーベル賞は「論争」から  真鍋叔郎
取材・構成 津山恵子 ジャーナリスト


 真鍋さんの学問に対するモットーをおきかせいただいて、地方創生SDGs ゴール4 「質の高い教育をみんなに」の実現に向けての対策を訴えます。

第3のモットー 得意なこと、好きなことで勝負せよ

 真鍋氏の学問に対するモットーの第3です。

 「日本の人に伝えたい三つ目は、「自分の得意なことや好きなことをしなければ、競争には勝てない」ということです。」

 「「恰好がいい」とか、「恰好が悪い」というのではなくて、自分が本当に好きなこと、得意なことを選ばないといけません。」

 「好きな分野、得意な分野を選ぶと、面白くなった、どんどん、のめり込む。ところが、他人から恰好がいいと思われたくて、好きでも得意でもない分野にいけば、それに夢中になれないし、競争にも絶対に勝てません。」

 このような自分で選んだ研究分野や職業のことを「価値」といいます。西田哲学が」いうのですが、ロゴのフランクルもそうです。日本で開発されたマインドフルネス心理療法、SIMTでは、これを用いて「価値」といいます。当為価値です。存在価値ではありません。 できれば、「好きな分野、得意な分野」を「価値」として選択できて、しかも、希望する期間継続できれば、幸福感を得ることができます。真鍋さんは、これでノーベル賞を得るところまで高い業績を上げられました。

 皆さんも、この3つのモットーを心がけておられるといいですね。

 しかし、日本では、第1は、できないところが多いですね。意見を言うことは歓迎されないところで、いじめられるとか、排除されるとか起こる。研究室、大学でも、そうでしょう。ハラスメントとして問題にされています。

 職場を変わってうまく行く人もいるでしょうが、転職先も似ているかもしれません。不快なことを受け入れる心のスキルも磨く必要があります。
 「好きなこと」「得意なこと」、つまり、SIMTでいう「価値」は、人生の出来事で、また、年齢によって違ってきます。

 人は、みな、違った価値を選択して、その場を大切にして生きていきます。価値、場所、定義、規範、関係者があります。すべてを「叡智的世界」といいます。スポーツの叡智的世界、医師の世界、政治の世界、この地区の農業の世界、この芸能の世界。それぞれ、全く別の世界を生きています。他の世界は知りません。だから、自分の世界を死守しようとします。自己洞察の低い人間は、その自分の価値を死守しようとして、違う意見とは議論して互いに認めようとせず、他者を支配したり、排除したりして、共生しようとしません。公共の利益も害してしまいます。

 西田哲学では、叡智的世界で生きる自分を「叡智的自己」といいます。倫理、道徳的な規範が各人で違っていて、独断的な人、他者を支配する欲の強い人もいれば、誠実な人もいます。そこに誠実な人ばかりであれば、幸福ですが、各種のハラスメントを行う人もいて、不幸なひとも出てきます。そういうことをしないようにしようということを提案しているのが、西田哲学、鈴木哲学で、それを生活化するのが、マインドフルネス心理療法、SIMTです。日本仏教、日本哲学の自己観、霊性観、死生感、生き方を基礎にした実践法の一つの提案です。ほかの人も別に提案してほしい。

 内面の方向、プラクシス、至誠の自己への成長です。どの職業、どの領域、どの価値の世界(そういうのはポイエシス、外面の方向、世界の創造)であっても、内面(プラクシス)は他者の人格、価値を尊重しあう至誠でいこうというのです。エゴイズムの抑制であり、歴史、国、民族、時代などに関係のない普遍的な心得です。

 同じコミュニティ、集団の中に、異なる意見のひとがいても排除しないでください。その人にとっても大切な価値であれば、一つの企業が多種類の製品サービスを提供するように、その異なる意見の人もそのコミュニティの中で、外部に向かって貢献できる道を分けてください。 そうすると、そのコニュニティーは、広い範囲のサービスで社会に貢献できて、中のメンバーは共生共存できます。




 つい最近、出版された本でも、仏教や日本の哲学(仏教系の西田、田辺、鈴木、井筒など、キリスト教系の内村、矢内原、南原など)をとらえ直すことをすすめている。マインドフルネスの学問でもACTや弁証法的行動療法も深い「自己」を言うが、こうしたテーマは多数決で決めるようなものではない。「マインドフルネス」は宗教を排除したということをいうひとがいるが、それこそ評価であり、宗教を知らずに差別しておかしい。
『死者と霊性の哲学』末木文美士、朝日新書

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2787
★叡智的自己は叡智的世界で生きる
 独断的エゴイズムの叡智的自己もいるし、誠実な叡智的自己もいる。やさしく見えたひとが、時には牙をむく。
【研究・学問の自由のない日本】
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4859
Posted by MF総研/大田 at 09:59 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL