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茨城のり子 「行方不明の時間」(3) [2022年01月24日(Mon)]

茨城のり子 「行方不明の時間」(3)

 〜 時間もない、自分もない、すべての約束ごともない

 「行方不明の時間」についてふれた記事。ここに詩の全文があります。

http://takabayashimanjiro3.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-8394.html

    人間には
    行方不明の時間が必要です
    なぜかはわからないけれど
    そんなふうに囁くものがあるのです

    三十分であれ 一時間であれ
    ポワンと一人
    なにものからも離れて
    うたたねにしろ
    瞑想にしろ
    不埒なことをいたすにしろ
他の評価もない
 (マインドフルネスの無評価とは違うもの、存在さえもないのだから)
他との関係もない
価値もない時間。
ささやくものは何か
自分の奥底からではないのかしら
だって、みすゞも、フランクルも、カバットジンもいうのだし。

(途中をとばして、 最後をみたい。
「みえないものでもあるんだよ」とみすゞはいったな)
    目には見えないけれど
    この世のいたる所に
    透明な回転ドアが設置されている
    無意味でもあり 素敵でもある 回転ドア
ヴィクトール・フランクルは
内在(観察できる世界)から超越(対象的には観察できない世界)への扉があるといいました
(西田幾多郎も、鈴木大拙も)
ジョン・カバットジンは、
マインドフルネスは深い東洋の神秘への「入口」にすぎないといいました
(そうすると、カバットジンのMBSRは、
 深い忘我、無時間の底の働きによって構築された一つの建物か)
西洋にも東洋にも
深い忘我の世界があるといってます
西洋?東洋?ではないらしい
自分の心の底にいつもあるようだ。
    うっかり押したり
    あるいは
    不意に吸いこまれたり
    一回転すれば あっという間に
    あの世へとさまよい出る仕掛け
    さすれば
    もはや完全なる行方不明
    残された一つの愉しみでもあって
    その折は
    あらゆる約束ごとも
    すべては
    チャラよ
瞑想中にいったのは道〇さん、
掃除中にとばした石がカチーンとなった時
歩いている時
通勤電車の中でさえも
突然、あの世にいく。
自分がない、世界もない、罪もない、・・・
自分が無いなら、死もない、生もない。
 (戻ってきたら深い「生死観」で生きよう) 完全な解放。

しかし、この世はこわいところです。
「これが見えないか。科学とか、教授とか名誉〇〇とかいう印籠をかざして
罪のない人を不正にでっちあげて排除する
偉い学者さんが
偉くもない学生、市民をさらに追い落とす
大学もこわいところです
学生さんもたくさん自殺した

学問も約束ごと
定義の枠内のこと
すべてのレッテル喪失の世界がある。
 (無評価ではないよ)
そんなものに縛られないものを自分がもってるよ



(編集中です)
(最も深いところまでいくマインドフルネスの本「死を超えるマインドフルネス」(題は変更になるかもしれません)の再校の真っ最中で、時間がありません。また、戻ってきていいですか。茨木のり子さん、深い詩ですね。金子みすゞといい、平塚らいてうといい、神谷美恵子といい、 深いみずうみを持つひとたち。)

【心の世界遺産・茨木のり子】

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Posted by MF総研/大田 at 07:39 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL