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うつ病などを治す支援をする医療分野のマインドフルネス心理療法は10年後もだめだった [2022年01月12日(Wed)]
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4893
【連続記事】今年こそマインドフルネスでSDGs3.4 自殺の減少を

うつ病などを治す支援をする医療分野の マインドフルネス心理療法は10年後もだめだった

 〜 地方創生SDGsのためにこれからの課題

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2020
(2010年10月)
★うつ病などを治す支援をするマインドフルネス心理療法は、SIMTしかなかったのでたくさんの参加者がありました。・・・
欧米のものも日本創始のものもマインドフルネス心理療法が日本で盛んになるには、10年20年が必要でしょう。

 こう言っていた。まさか「集中力の向上」のほうで盛んになるとは予想しませんでした。 うつ病などの患者さんの支援をするマインドフルネスは、10年たった今でも、盛んになっていません。全国でわずかに数名が活動しているにすぎません。

「集中力の向上」は医療分野ではなく、ビジネス領域です。集中力なら坐禅があったので、それで十分と思っていました。
 春木豊先生の翻訳が出て、先生にもお会いして、私が始めていた手法も医療分野での貢献が広がると思いました。 それで、私の手法も「マインドフルネス」の一流派であると宣言しました。マインドフルネス自己洞察瞑想療法です。

 期待と誤算が起きました。

期待

 私は、日本でマインドフルネスが紹介される前から、坐禅のように自己をみつめてうつ病などを治す支援をさせていただいていました。

 その途中で、京都のある大学の大学院に行き、道元禅の思想をまとめました。
(修士論文「道元の修行の階位)。道元には、坐禅すればいいだけのものではないこと、自内証の体験、我利我執の抑制、悟ってもなお自己成長と他者支援を続けるもの。)

 これが、日本のマインドフルネス心理療法の基礎理論になると思いました。そして、西田哲学も道元の身心脱落を、すべての人の根底の平等性、人格性として認めていることを確認しました。 鈴木大拙、井筒俊彦、西谷啓治、秋月龍a、竹村牧男などもそうです。
 活動を広げるうちに、道元という「宗教」を前面にだすと公共の場所での活動が制限されることを知りました。そこで、西田哲学および神経生理学、各種の精神療法の用語で説明することにしました。
 日本にあった、至誠を指針とする実践は、がん患者の「死の問題」に貢献するだろうと予測しました。(長くかかりました。ようやく、3月のその領域の本を出版できます。)

 大学院を終えて、埼玉に戻り、うつ病などの患者さんを治す支援をするマインドフルネスのセッション、がん患者さんを含む深い自己探求の会(坐禅会)の両方の開催を続けました。

 京都にいたころ、春木豊先生が京都においでになった時、縁があって食事をする機会がありました。先生は日本にマインドフルネスMBSRを紹介なさった最初の人でした。(その本が今でも日本のマインドフルネス推進者は誰でも読む本です。)
 春木先生がこう言われました。「あなたがやっていることは日本でのマインドフルネスを推進するものですよ」
 埼玉に戻って、1993年から開催していたうつ病などの改善体験会を再開していた私のところに、ライフ協会の常任理事であるHOさんから丁重な招聘のメールをいただき、協会の活動に参加しました。春木先生ともいっしょに活動しました。

 ライフ協会の活動のひとコマが次の記事です。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2835
★日本マインドフルライフ協会

 さまざまな可能性を研究するNPOがありました。

 私(大田)も招かれて理事に就任させていただきました。マインドフルネスでも種々のものがあることを認めて共存、共生するNPOでした。

 次の記事もライフ協会の人たちが講師として大学の社会人向けの講義をしていました。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3460

 マインドフルネス心理療法には深いものもあり、医療分野にも普及してほしいと思っていました。

 しかし、ライフ協会は活動を停止しました。

 日本でマインドフルネス心理療法がうつ病などの患者さんに提供して、慢性化したうつ病、非定型うつ病、パニック症などの患者さんに提供できて自殺の減少に貢献できるようになるのは、 あとまだ10年かかりそうです。いや、そういう医療分野に貢献できるマインドフルネス心理療法は消えてしまうかもしれません。
 簡単ではないのです。 無評価で観察するだけの定義のマインドフルネスは、目的のない坐禅とほぼ同じです。 MBSRが重視している偏見の抑制、とらわれない心、共存共生などが含まれていない((注1)ので、 深刻なうつ病、パニック症などは治りません。MBCTでも、寛解に至っていないうつ病を完治に導くことができないことはこの10年の間に確認されたはずです。

 自殺念慮のある重いうつ病、慢性化して薬物療法でも治らない患者さんを「深い」自己を観察する精神療法で完治(寛解ではなく)する支援をするのは難しい仕事です。1年近くもかかります。2年近くかかる重症のひともいます。それでも、SIMTで治ったひとがいます。

地方創生SDGsのためにこれからの課題

 この難しい領域を生きがいにしたいと思う人が多数必要であること、そのひとたちの生活を支援すること。患者さんに情報を伝えること。患者さんにこの療法を受ける補助(健康保険や自治体から助成金支給)をすること。難しい課題です。
 西田哲学も研究者はいるが、西田哲学の実践をするひとがいないのです。宝が埋もれています。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2367
★西田幾多郎の孫の嘆き=
 「祖父の本当のものは、単に哲学の世界だけではなくて、教育の中にも生きる、経済の中にも 生きる、政治の中にも生きるということだと思うのです。それは、生半可に店を広げるとい うことでは全くありません。自然にそこへ行かざるを得ない、そこに目を向けざるを得ない。そ れが晩年の祖父の一番の根本のあり方だったと思います。」 (2012,上田薫「書斎の想い出」『点から線へVol.59』西田幾多郎記念哲学館、8-9頁)

★後期西田哲学の実践論
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3582
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3227

 地方創生SDGsの3.4および4を中心として、広報させていただきます。毎年2万人の尊い命が失われ、何十万ものひとがうつ病が治らないで苦しんでおられます。少しでも可能性があるなら試してみようという自治体、組織、大学、医療機関、個人、ジャーナリズムに期待します。

 もう「マインドフルネス」で検索しても、うつ病を治すとか、自殺防止とかのサイトにはたどりつけません。
 うつ病は深刻なので、無評価の観察、目的を持たない坐禅では、とても治りません。このことはこの25年で判明しました。
 MBSRにあった観察の7つの態度を「無評価の観察」だけにしたマインドフルネスは、認知行動療法ではない、坐禅と同じだから、といえそうです。それだけでは「療法」ではないでしょう。それはそれで、必要とするひとたちがおられる(うつ病などでない人たちのために集中力の向上など)のだから、共存共生できます。SIMTは難しいしうつ病でもないから必要とはしない。必要とする人たち同志の中で行われていく。SIMTはSIMTを必要とする人たちの間で行われていく。「みんなちがってみんないい」共生共存、世界の立場です。

 「マインドフルネス」は、「無評価の観察だけ」というのが変えることができない定義であるというのであれば、MBSRも SIMTもそれとは違うので、「マインドフルネス」ではない手法だという方向に進むのがいいのでしょうか。とにかく、深刻に悩む人に情報が届く名称に変えていくのがいいのでしょうか。「マインドフルネス」ではない「自己洞察瞑想療法」??。深刻な人に届くために、どのような名称がいいのか困惑しています。

(注1)MBSRには7つの実践的態度があったのに、マインドフルネスとは「無評価で観察」するという定義にした問題は、次に記述した。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4887
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4895
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4893
【連続記事】今年こそマインドフルネスでSDGs3.4 自殺の減少を

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4887
【連続記事】禅よりも普及したマインドフルネス=医療からビジネスへ
Posted by MF総研/大田 at 08:40 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL