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「学問の自由があぶない」 [2021年04月24日(Sat)]

「学問の自由があぶない」

 学術会議の問題について、新しい展開があります。

「学問の自由が危ない」 という本が出版されました。

 この本の内容はわかりませんが、この本を紹介した文に大きな関心を持ちました。

 「学問とは、従来の学説を批判して新しい見識を生み出していく営為批判こそが生命であり、政治の主張に従う下僕ではないと。」(4月18日「埼玉新聞」、読書欄、本書の紹介)

 欧米の「マインドフルネス」は、無評価といいますから、それは科学学問の世界では通用しないのです。「無評価」は、瞑想の場だけということになります。
    https://blog.canpan.info/jitou/archive/4054
     ポージェスのポリヴェーガル理論で、MBSRなどの無評価の観察は評価するされる現場では使えないという。こうして、マインドフルネスの学問も評価されて、評価の現場ではより効果が高いものに発展していく。
 学問の世界は、評価、批判の世界です。ビジネスの現場も、評価の場です。上司から顧客から評価批判されます。大学もそうです。学生は、教師から評価判断されます。教師の評価により、未来がふさがれることさえあります。芸術の世界も、スポーツの世界も評価されます。

 もう一つの関心があります。学問の世界にも、自由がない場があると感じています。 長老や指導者にその人の説を批判する新しい学説を主張できますか。できないでしょう。排除されるおそれがあります。同じ説が何年も、何十年も主張されています。新しい学説が表面に出てきません。
 新しい学説を打ち出さず、従来の他者の説を紹介するだけならば、学問ではない?

 学問の自由がない場所が多いのかもしれません。オルテガが学者を批判しています。 どういう視点をいうのでしょうか。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4100
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4128
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4133
★オルテガ

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3270
★西田哲学
 =学者もエゴイズムを犯す
 =科学学問も「至誠」で行うべきなのだが、、、。

 うつ病、PTSDなどの治療法もいまのままでよいはずがなく、学問による批判により新しい治療理論、治療法を研究開発してほしい。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4133
★大学でも多数派の学説によって少数説(こちらが社会をよりよくするかもしれないのに)が排除される
 =なぜそうなるのか、多数派の学者が自己の利益(地位、名誉、収入、面子など)を死守する本能のために、過去のすぐれた古人の思想、業績、そしてそれを掘り起こす学問を排除する傾向。オルテガやフランクルがいう。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4413
★今もなお専門家多数派のエゴイズムは学者にも
 =すべての学者のいうことがすべて正しいわけでもない

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4671
★科学学問をする人にも「美しい日本の心 至誠」を欠き、権力で自利を計るものがいるということです。社会益、国益の侵害となる。




https://blog.canpan.info/jitou/archive/4660
【目次】日本学術会議、6名任命されず、科学学問の自由の侵害と学会、思想家が批判
Posted by MF総研/大田 at 20:21 | エゴイズム | この記事のURL