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人生は短期的目的の連続 [2021年04月07日(Wed)]
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【連続記事】マインドフルネスSIMT・評価の観察の證明

人生は短期的目的の連続

 次の記事で確認したように、哲学者は、そろって、人生は短期的な目的を次々と設定して実現していくものであるという。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4502
★意志は「目的」を実現

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3051
★人生を生き抜いていく意志作用

 そして、短期的な目的は、長期的な価値を実現するためである。価値は、仕事、趣味、ボランティア活動や家族を維持することである。

 次の瞬間に、どの価値のために、どのような目的を設定して行動するか、常に選択、評価しなければならない。したがって、目的への意志は、評価が働く。

 瞑想は、3,40分の間に行う行動である。欧米の「マインドフルネス」ならば、瞑想するのは、集中力向上、痛みの緩和、ストレス低減、などである。こうした目的のために、無評価観察の瞑想を3,40分行う。こういうことになるであろう。

 こういうことであれば、欧米のマインドフルネスは、多くのひとの、価値実現には必ずしも必要ではないことになる。なぜならば、多くのひとが価値があると選択するのは、農業、教育、ビジネス、医療、芸術などであるからである。集中力向上、痛みの緩和、ストレス低減、などは、人生の価値ではなくて、価値を実現するための補助的な要因である。
 そういう意味で、欧米の「マインドフルネス」は、人生に必須ではない。「マインドフルネス」がなかった、30年前も、多くの人間が人生価値を実行していた。価値実現のために、目的を実現していく時に、多数の選択肢からその都度どれを選択するか、状況に応じて評価選択しているのである。そして、ひとはみな、自己の生命および価値(仕事や家族)を重視するので、しばしば、他者を害してまでも自分の利益をはかろうとする。ここにも、 エゴイズムか誠実にかの 評価判断が入る。そして、それは、エゴイズムの心理であるから抑制しようという評価判断をする「良心」のある人もいる。

 とにかく、人生は、価値、目的を実現するように評価判断の連続である。無評価観察は、瞑想の時だけである。 幸福の哲学によれば、ひとはみな幸福を求める。そうであれば、自分の幸福のために、他者の幸福を破壊するようなエゴイズムの行為は批判されるべきである。批判も「評価」である。そういうエゴイズムの心理を観察したのが、大乗仏教の「煩悩」に気づき抑制することだった。別の記事で「我見・身見」を見た。

 こういうことは、常に重要だから、大乗仏教は世界的な宗教として続いてきた。現代も、差別、蔑視、独断、偏見、誹謗中傷、ハラスメント、不正、虐待、自由抑圧、数々の苦悩を与える闇の心が充満している。大乗仏教的なエゴイズムに気づき、抑制していくことが求められる。だから、大乗仏教的な、日本的霊性的な、評価する観察の「マインドフルネス」が必要なのである。これは、瞑想時の無評価の観察とは違って、常時実践することが求められる。人生の生き方になる。昭和のころ、「禅的生き方」という言葉があったが、それが、現代では、日本的なマインドフルネス的な生き方といえる。実践指針は、西田哲学では「至誠」だという。無評価では、問題を持つ人だけがする瞑想時だけの実践であるが、「至誠」ならば、すべてのひとが常時、実践することが望まれる生涯の生き方となる。自分も他者も幸福の実現のために必要であるから。
【連続記事目次】 マインドフルネスSIMT・評価の観察の證明
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4729
Posted by MF総研/大田 at 21:29 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL