CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«(4)学術会議会員の6名が任命されないところに「評価」がある | Main | (6)不正をただすことがあるメディアに不正があってはならないと自己評価すべき»
(5)「人は誰しも無自覚な偏見を持っています」 [2021年02月09日(Tue)]
【連続記事】マインドフルネスSIMT・評価の観察の證明

(5)「人は誰しも無自覚な偏見を持っています」

 「女性蔑視発言、ごまかす笑いが社会の現実 辻愛沙子さん」 という記事があります。

https://www.asahi.com/articles/ASP2471QPP24UTIL057.html

 ここには、表現された偏見のほか、自覚されにくい偏見についての鋭い指摘があります。「赤字」が辻さんの言葉。

 「疑問や意見を口にすると、話を途中で遮られ「若いから分からないかもしれないけど」と内容を聞く前に否定される。」

 「価値観の根底に根付いているリアルな本音」

 「人は誰しも無自覚な偏見を持っていますから、私自身も常々、人はいつからでも気づけるし、学べると肝に銘じています。」

 この指摘は、西田哲学、マインドフルネスSIMTにも通じます。独断偏見、差別などは「よくない」と「評価」しています。全く正当な見方です。社会の現場は、無評価ではありません。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4144
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3605
★独断偏見がないかどうか評価観察すべきである

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3312
★ポイエシス即プラクシス

 辻さんがいう偏見に気づくことは、西田哲学でいう「プラクシス」の実践に近いと思います。 感覚(見る聞く)、考える、発言行為の中にある自分の独断偏見(SIMTでは「本音」という)に気づいて抑制しなければならないということです。自己中心の立場ではなくて、相手を包含した世界の立場から見、考え、発言行為せよという実践指針です。一言で「至誠」といいます。
 独断偏見は、歴史的に明らかになることもあります。科学学問にも起きます。ハンセン病についての医学上の偏見の例があります。日本の、戦前の軍部独裁の側についた学者もそうでしょう。
 現在、世界中に、独裁国家があり批判者が抵抗して拘束されていますが、もし、独裁政権がくつがえった時には、政府側の立場についた多数派に独断偏見があったとみなされるでしょう。
 科学学問も少しづつ多数派説が覆ることが起きています。

 「いつの時代にも『わきまえない女』がいたから、今の私たちには参政権があり仕事もできる。」

 「黙っている方が楽だし、声をあげている人にヤジを飛ばす方が簡単だけれど、人を黙らせる言葉よりも、連帯したいアクションに対して賛意を伝える言葉を選ぶ人が多かったのは、すごくポジティブな動きでした」

 「忖度」「わきまえ」をせずに、疑問をいうと、いじめ、排除がおきそうだから、黙ります。しかし、それでは、苦しむ人が救われないことが起きてしまいます。

 「スポーツ界は外から見ているととても閉鎖的。中からのアクションだけでなく、外からも変えていけるように声をあげていきたい。」

 以上のことは、学問の世界にもみられるので、ほとんど同じことを指摘されたことに驚いています。こういう若い人がおられる日本は幸福です。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4070
★学問的な検討が、中からと外から必要。

 こういうことが起きる自分の意識の中にある、好き嫌い、エゴイズム、闇の心、独断偏見(以上を総称して「本音」という)に気づく観察をしなければ、自分や他者を不幸にしますという「評価の観察」も少数説です。仏教や禅の学問にも、同様に多数派の学説を批判した少数派の人々がいましたが、出版物や大学など表舞台にはあまりみられませんでした。だから、学生、国民には、いつまでも、多数派説のみが知られてきました。

 これからは、違う時代になりそうです。かなり多くの人が 偏見差別を批判し、辻さんのように、自己の内にもある偏見を自覚しようという若手がおられます。これからは、少しづつ内から外から変革が起きるでしょう。従来の多数派説が踏襲されて社会問題の解決が遅れている領域もあるでしょうが、若手に期待できそうです。
 私も高齢につき引退の時を迎えますが、未来に灯を見る思いです。

(注)「マインドフルネスSIMT」は、マインドフルネスの少数派。自己の感覚、考え、言葉、行為に、独断偏見があることを評価観察すべきという。SIMT=自己洞察瞑想療法

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4650
★「見て見ぬふりをする社会」を批判


https://blog.canpan.info/jitou/archive/3605
★大乗仏教が我見、身見、煩悩という、その個人の好き(執着)、嫌い(嫌悪、排除)に集約される評価基準をマインドフル ネス SIMT では「本音」と呼ぶ


【連続記事目次】 マインドフルネスSIMT・評価の観察の證明
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4729
Posted by MF総研/大田 at 19:34 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL