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(16)意味の世界、各人の価値、生きがいの世界 [2020年02月24日(Mon)]
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西洋哲学の瞑想・観想ー「マインドフルネス瞑想の哲学」(16)

(16)意味の世界、各人の価値、生きがいの世界

 稲垣良典氏の著書から、「瞑想」「観想」「坐禅」の「マインドフルネス」の意義についてみています。その哲学は東洋の大乗仏教や西田哲学と類似します、と私は感じます。

 人は各人が選択した場を必死になって生きていきます。人間は西田哲学でいう叡智的世界で生きる叡智的自己です。真善美の世界を各人が選択して専門家として行為します。他の世界は、全くの素人です。 稲垣氏は次のように言います。前の文章の続きです。
    「私自身、人間の自由は人間の自然本性に基づいて理解すべきだと考えており、人間はその理性的本性のゆえに、知性が「存在一般」ないし普遍的存在を固有的対象とするように、(知性的欲求能力たる)意志は「善一般」ないし普遍的善を固有対象とする、と考える。言いかえると、人間の意志は生活に必要・有用な善いものにせよ、欲求の対象となる快適な善いものにせよ、ある特殊な善いものへと必然的に傾くのではなく、自由にいずれかを選択的に欲求するが、このような自由選択が可能なのは、じつは意志が自然本性的により高次の普遍的善へと必然的に固着していることによるものである。」(稲垣、p251)
 これが前の記事です。その続きです。
     「なぜかと言えば、意志が根本的に普遍的善へと自然必然的に方向づけられているからこそもろもろの特殊的な善いものを自由に選択する「場」が開かれるからである、そのことによって特殊的な善いものはすべて相対化され、それらのいずれをも自由に選択することが可能となると考えられる。(稲垣、p251-252)
 「全体性」から考察すれば、この意味がわかる。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4522

 すべての人の根底が、すべてを否定し、すべて対象的なものを生む働きを持つ。それは、絶対に対象とならず、自己を否定して対象的なものを生み出す。「普遍的善」である。各人は、この根源から自分の生きがいとなる場、世界を映し好きになれる場、世界(家庭、職種、職場の世界)を選択する。「特殊的な善いもの」とは、すべての人間の職業、家族などの生きがいとなるものである。各人が、自分の価値の世界、「場」を選択して、そこの場で、見て、考えて、行動していく。
    https://blog.canpan.info/jitou/archive/3785
    ★すべての人の内奥に絶対的一者のハタラキ
     各人の根底の絶対的一者が各人の相対的生きがいの場を映し、そこの他者、ものを処理していく。
 「真善美聖」の世界が開かれる。学問、産業、芸術、宗教、家庭などの世界、場が、相対的な生きがいの場として映されて選択され生きていく。すべての人の根底にあるから、各人が自由意志で場を映し選択できるのである。各人は、根底に絶対的一者を持つ。井筒俊彦が「無分節」といい、道元が「万法のともにわれにあらざる時節」といった。対象的な世界、ものに分節する前を与えられている。絶対的一者は自己を否定して相対的な「場」やものを映す。各人が自分の意志で選択し映したものである。
 東洋の大乗仏教は、対象論理的な価値、評価、己見我利我執に執着しない生活を実践し(西田哲学は「至誠」という)ていくことを通して、根源を体験することで、経典の言葉が真実であることを証明するという。自内證という。その上に、各人の選択した相対的価値、真善美などの世界が開かれていることを知る。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2768
★各人の選択した価値を実行していく叡智的自己



【参照】
稲垣良典、2019 『神とは何か 〜 哲学としてのキリスト教』講談社現代新書

滝沢の説は「絶対無と場所」秋月龍a著、青土社に詳しい。

(注)「マインドフルネスSIMT」は「自己洞察瞑想療法」、Self Insight Meditation Therapy。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3137
★道元禅師のマインドフルネス

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2991
★叡智的自己(西田哲学)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2395
★専門家は叡智的自己、独断的、超越を認めないならば(西田哲学)。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/1955
★意志作用(西田哲学)


【目次】哲学、宗教、仏教学、心理学、医学、脳神経科学、精神療法、マインドフルネス、マインドフルネス学、留まることのない哲学に導かれるマインドフルネス実践
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4478

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4500
【瞑想とはどういう意義があるかー「マインドフルネス瞑想の哲学」】
Posted by MF総研/大田 at 21:49 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL