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哲学は普遍性が成り立ちうるかのように [2020年01月09日(Thu)]

哲学は普遍性が成り立ちうるかのように

 哲学者、中島義道氏は、哲学に次のように言っています。

 「非常に簡単化して言いますと、哲学とはあくまでも自分固有の人生に対する実感に忠実に、しかもあたかもそこに普遍性が成り立ちうるかのように精確な言語によるコミュニケーションを求め続ける営み、と言えましょう。」(中島義道,p120)

 「精確な言語によるコミュニケーションを求め続ける」および、「普遍性が成り立ちうるかのように」ということをあげています。たとえば、「坐禅が悟りである」というような宗教とは全く違います。坐禅だけならば、普遍性がありません。「坐ればわかる」という言語によるコミュニケーションがなくても宗教は主張できると言えます。しかし、普遍性がありません。

 すべての人に妥当するような、つまり普遍性のあるような、精神的な苦悩、問題の解決のために「マインドフルネス」を開発するためには、やはり哲学が向いています。

哲学のテーマになること

 哲学者は次のようなことについて、考察してくれます。

 「今日なお何が哲学の問いとして残されているのでしょうか。 じつは、大変多くの問いが残されているのです。・・・・例えば時間・因果律・魂・自由・意志・存在・善・美などが「何であるのか」、二十世紀末のわれわれは紀元前のギリシャ人より一歩も進んでないといってよいでしょう。」(中島義道,p121-2)

 自分を観察して現代人の苦悩、問題の解決のために参考にしたいわけですが、こういうテーマを見ると、「マインドフルネス」の開発のために参考にできることがあります。そして、哲学のすぐれたところは、徹底的に考察されていくことです。普遍性のない命題や思想があれば、哲学ならば批判されるでしょう。
 「ボランティア活動よりも坐禅せよ」というひとがいますが、宗教の真理かもしれませんが、すべての人に該当するという普遍性がありません。哲学ならこういうことはいえません。
 このようなわけで宗教と哲学は全く違っています。ただし、意志とか自己とは何かということは似たことをテーマにしているようです。

中島義道,2008『哲学の教科書』講談社学術文庫


【目次】哲学、宗教、仏教学、心理学、医学、脳神経科学、精神療法、マインドフルネス、マインドフルネス学、留まることのない哲学に導かれるマインドフルネス実践
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4478

Posted by MF総研/大田 at 14:18 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL