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第3世代の認知行動療法から第4世代の認知行動療法へ [2019年05月26日(Sun)]
2022年3月に発売。
すべての階層のマインドフルネスSIMTの実践ができる本を執筆中です。 感覚的自己、意志的自己、叡智的自己(専門家の自己、行為的直観)、人格的自己(最も深い自己の根源を基礎に生きる、がん告知後も創造的直観で生きる)までをカバーする本。マインドフルネスの方法で実践できる本。
 対人場面でない時の 感覚的自己の瞑想は、無評価でいいですが、それ以外は、激しい評価の場面、無評価では生きていません。観察のしかたが違います。

第3世代の認知行動療法から第4世代の認知行動療法へ
 〜 対人場面で起きる感情、その背後にある執着嫌悪の基準を「評価」(第1ステップ)
 〜 価値を崩壊しないよう「評価」(第2ステップ)して発語、行為

 =第3世代の忍認知行動療法=対人場面でない場での「無評価の観察」
 =第4世代の認知行動療法=「評価」の現場で、人生価値を実現するように評価判断
   〜 種々の問題は、家庭、学校、職場で起きる、そこは評価の現場

 「マインドフルネス」は、第3世代の認知行動療法と言われますね。昔?、ここに、全体展望をみたことがあります。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3572
★(全体展望)第3世代の認知行動療法
 =自己の階層とマインドフルネス

 この記事は、まだ、次の2つのことが明らかになる前です。この2つのことが織り込まれていません。(さらに、3つ目、2020/11/24追記、赤字)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3930
★「大乗仏教非仏説をこえて」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4085
★ポージェスの「ポリヴェーガル理論」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4687
★ハリファックスの最も深いマインドフルネス
(この連続記事を書いたときは、ハリファックスの本をしりませんでした。この連続記事の内容もハリファックスのことを考慮すると、さらに違うことがいえます。 いつか、別のところで述べるかもしれません。マインドフルネスの定義が拡張されていることがはっきりします。2020/11/24追記)


 この2つは、第3世代の認知行動療法には、構造的な相違があることがわかります。第3世代は、「感覚を無評価で観て観察するマインドフルネス」ですが、これは、用いる場、人、問題が限定的です。

(1)評価される社会交流場面ではない、仕事、会話をしている場面ではない
(2)だから、常時ではない、
(3)すべての人がするものではない、問題を持つ人だけがすべきもの
(4)感覚、呼吸、対人関係でない身体動作の自己のものの観察が中心
(5)だから、「生き方」ではない。

 ポリヴェーガル理論で批判された限界を超えるマインドフルネスがあるとすれば

(1)評価する、評価される場での「マインドフルネス」になる、対話の瞬間、仕事の瞬間の自己洞察である、「感覚の無評価で観察」だけではありえない。
(2)生活全体、常時である。
(3)感覚、思考、欲求、意志、言語行動、行為、エゴイズムの心理、そして、自己と他者のものすべての意識作用の観察
(4)ということは、「生活全体」である、「人生」「ライフ」である。昭和の時代に「禅的生き方」と言っていたものに、近い。
(5)問題を持つ人だけのものではなく、すべての人のものである。特に、評価とは、エゴイズム、自己中心、ハラスメント、不正などの心理の評価観察となる。

 こうしてみると、第3世代のマインドフルネスとは、まるで違う。だから、第4世代のマインドフルネスと呼ぶことにする。対人場面でないマインドフルネス瞑想、坐禅中だけではない、深い禅的生き方に近い。「生き方」とは、自己や他者の人生価値を崩壊させないように社会、他者(家族および無縁の人々)のために働く、その時内心の方針は誠実で(西田哲学では至誠という)行動していくことです(西田幾多郎)。おうおうにして、自分の利益のために、他者を排除、貶め、はずかしめ、ハラスメントします。大学でさえもそれをするとオルテガが批判している。自分の学説を「批判」することになる意見や活動を許さないとか、学生や研究生にハラスメントやえこひいきとか、、、。

 自分と相手の我利我執(本音)を観察して、価値を崩壊させないように心理を「評価」して生きていく手法が、昔からあった至誠の日本人の「生き方」という西田哲学。
 自分のエゴイズム、「闇の心」を「観察評価」しない第3世代とはまるで違う。しかし、必要である。うつ病、不安症、依存症、PTSD,家庭や職場の人間関係の苦悩などに効果がみられる。これは、まだ浅い領域での社会貢献であるが、痛みの緩和、集中力などを強化する第3世代よりも適用領域が深刻なところに広がっている。
 第4世代は、権力を持つ者、専門家たるものの不正、ハラスメントなどの防止にも貢献するはずである。すべての産業領域だから、応用範囲が広い。今後、研究開発されていくだろう。

 さて、もう一つ、「大乗仏教非仏説をこえて」でわかることは、第4世代とも、まるで違うマインドフルネスになるものがある。しかも、とても、重要である。死の問題である。しかし、できるかどうかはわからない。

最初の実践書ができました!
(2022年3月、すべてをカバーする深いマインドフルネスSIMTの本を出版します。粗いスケッチですが、最初のステップ。 地方創生SDGsでは、17個のすべての目標に関連します。すべてのことを人間が、自分が、内面の心を用いて行為するのだから。
これは、実践書です。ボリュームの関係からコンパクトにまとめました。背後の西田哲学、脳神経科学との関係まで述べた理論書ではありません。 いのちがあれば、それも書いてみたい。 (2021/9追記)(そして出版時期が変更に、2022/2修正)


(続く)
【目次】第4世代の認知行動療法、第5世代の認知行動療法?

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4852
(16)第4世代の認知行動療法としてのマインドフルネス
無評価観察を超えたマインドフルネス
 自己洞察瞑想療法(SIMT)
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4236
(1)無評価観察のマインドフルネスは、評価の場では両立しない
    =第3世代=安心安全な場所で、無評価の観察
  そこで、評価の場でのマインドフルネスは第4世代?

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4238
(2)宗教レベルのマインドフルネスは第5世代か(1)
 死の苦悩、あの世があるのか、ないのか

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4240
(3)どう生きるかという問題ではなく、そもそも「私」は何者かで苦悩
   =宗教レベルのマインドフルネスは第5世代か(2)
  当為での苦悩ではなく、自己存在の苦悩

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4245
(4)意識される自己を越えたもの

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4246
(5)マインドフルネスは「知行合一」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4248
(6)情報遮断、事実は幸福でない、知らされないで幸福感

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4251
(7)西洋人は東洋のものを求める、日本人が捨てるものを求めて

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4252
(8)深い問題に関する苦悩

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4254
(9)実際に体験で證明する「自内證」を西谷は「体認」という

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4256
(10)絶対的一者の現成である人格的自己

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4258
(11) 思惟、感情、意志、行動が絶対の無の現成

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4260
(12)不退転

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4262
(13)マインドフルネスはまだスタートしたばかり

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4263
(14)社会には様々な問題で苦しむ人々がいるのに
臨床しない専門家は「私は幸福だ」と自己満足
 =それではいけないという大乗仏教のどこにもとどまらない崇高な精神

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4265
(15)大乗仏教の自内證と利他
【目次】第3世代の認知行動療法
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3572

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2734
★人格的自己のマインドフルネス(自己洞察)
マインドフルネスSIMTはここまでカバーする。これでないと解決しない苦悩があるからです。 そういうものが不要というのは、「私は難病にかかっていないから難病の治療法の開発は不要だ」ということに似ていませんか。そのような深い問題に目を向けないひとのエゴイズムではないでしょうか。身体の病気だけで苦悩するのではありません。精神の深い苦悩の中にあるひともいます。精神医学や宗教のテーマではないでしょうか。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2425
★大乗仏教の人は自分の安泰にはとどまらない
 インド大乗仏教のひとは、「これが悟りだ、これこそ真理だ」としては留まりませんでした。専門家は自分のもので満足しがちですが、世界に目を向けると自分が持つもので救済できる可能性があることで苦悩するひとがいます。自分の苦悩ではないからといって無視傍観はしませんでした。大乗仏教の精神が失われているようです。
Posted by MF総研/大田 at 20:02 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL