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(2)ドイツの哲学者ガブリエルと西田哲学 [2019年02月05日(Tue)]

ドイツの哲学者ガブリエルと西田哲学
 =日本的マインドフルネスの構築のために
 (2)ガブリエルの哲学と日本の伝統的な哲学

 ガブリエルの哲学と日本の哲学が似ていることは、彼自身が認識している。NHKの制作チームと同行する間、彼はすごく多くを語った。それは、下記の本に収載された(それも一部) 。その会話のごく一部を編集したものがテレビだ。本で補ってみていく。

 「僕が哲学について語ることや、今この時代に向けて伝えようとする考え方は、日本の伝統的な哲学と、深いところで似ているように思う。」(p37)

 「僕の哲学のアプローチが日本人にピンと来るのは、「世界が存在していない」ということと、時間や構造などの不存在の経験との間にはとてもよく似た感受性があると思うんだ。」(p18)

 「これも言いすぎではないと思うけれども、僕が提示するアンソロジーは、「ハイデガー+日本的思考」、あるいは、ハイデガーからヨーロッパ中心主義的要素をなくしたものに近い、といえるかもしれない。そしてそれは、少なくとも1000年間日本の思考の根源になっているものにも近いのかもしれない。」(p38)

 千年というと、鎌倉時代からだ。ガブリエルは道元禅師をご存知だ。哲学者だから当然だろう。深い人間と世界の哲学があることは、欧米に、西田幾多郎、鈴木大拙、井筒俊彦らが紹介してきた。理解されたかどうかは別として、欧米の哲学者や仏教学者は知っている。
 日本人でも知らない人がいるのは、高校でも大学でも教えられないからだ。あるいは、専門家が理解せずに、否定してしまって、教えられないからだ。住む世界、見る世界が違うのだ。私は良きひとと書物にめぐりあえて、その世界に入り込んで、実に幸福であった。

 「世界が存在していない」ということは、個々のものは存在するが、すべてを包摂する世界は実在ではないということだろう。道元禅師は「万法ともに我にあらざる時節」という時が実在で、対象的に見られるものも世界もその映像にすぎない、見るひとによって様々だという。空華だ。実在は西田哲学は「絶対無」、井筒俊彦は「無分節」という。

 ガブリエルが「時間や構造などの不存在の経験」というのは、いわゆる悟道のただなかの経験をさすのだろうか。対象的世界も過ぎ行く時間もまだない。そして、すべての人に常にあるものであるのか。
 もう一つ解釈できる。各人の価値実現の世界は、各人の数だけある。無数だ。それをすべて包括する「対象的」な世界は存在しない。だが、西田哲学えでは、それらを包括する絶対無がある。これは対象的ではない。ガブリエルは知っていてわざと言わないのだろう。西田哲学も検討済みだろう。

 「ヨーロッパ中心主義的要素」というが、それだけではなくて、アメリカ、中国、ロシアなどの中心主義も抜きにしたものだ。実在を自分たちのイデオロギーで解釈したもので、層の違う作られた世界が幾重にも重なっているのだ。みな、各人各国の思想、イデオロギー、価値観で構成した叡智的世界、相対的世界なのだ。だから争う。もし、ドイツで生まれた赤ん坊をすぐに、日本人の養子として日本で育てれば、その子の思考、精神、思想は日本人のもの(ただし、叡智的世界)と同じになるだろう。(P197)
 日本人だからといっても「根源」を知るわけではない。まず、学校では日本であっても教えられないから。

『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』丸山俊一、NHK出版新書
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4094
【目次】ドイツの哲学者ガブリエルと西田哲学
 =日本的マインドフルネスの構築のために
Posted by MF総研/大田 at 16:09 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL