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【目次・連続記事】【日本では、なぜうつ病などの心理療法が普及しないのか】 (1) [2018年09月02日(Sun)]
追加
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5150
★「カウンセリングは産業にならない」(『精神科医の本音』益田祐介)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4939
★医師は経営的に精神療法を提供できない(和田秀樹)
【目次・連続記事】【日本では、なぜうつ病などの心理療法が普及しないのか】
(1) 連続記事の趣旨

 自分のこころの観察が「マインドフルネス」である。 マインドフルネスのうちでも、マインドフルネスSIMTで 非定型うつ病、再発を繰り返したうつ病、薬物療法がきかない軽いうつ病なども 治る人がいる。(もちろん、1年ほどの実践ができなくて治らないひともいる)。

 欧米から、がん患者の終末期のケアをする人や精神疾患を治す支援をする仏教やマインドフルネスが続々と翻訳されて、 講演会もある。なぜ、日本の仏教はそうしないのか、なぜ、日本独自のマインドフルネス が開発されないのか。不思議であるが日本に蔓延している「忖度」があるためか。

 欧米では、ひろいあげられているような精神疾患が、日本ではすべての専門家から 無視、傍観されているように見える。専門家の「世間」にはいっていないようにみえる。 世間ではなく、「社会」を見よというと排除される、恐れ、自己保身から「忖度」(そんたく)が あるのだろうか。
 「マインドフルネス」=心の観察が「科学」と期待され標榜しているから、マインドフルネスが ブームになっているので、傲慢と忖度の心理の観察(=マインドフルネスの対象であるはず) まですすみ、すべての組織で、個人の人格の尊厳と発言行動学問の自由の確保があるのか検討していただきたい。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3835
【New 目次】非定型うつ病のマインドフルネスSIMT

 こうした、「治す」マインドフルネスは、欧米では盛んになっているが、 日本では、普及しない。なぜなのだろうか。
 「日本では、なぜうつ病などの心理療法が普及しないのか」
主に、次の本をふまえて考えたい!

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3866
『忖度社会ニッポン』(片田珠美、角川新書)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3873
『「空気」の研究』(山本七平、文春文庫)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3875
阿部欣也の「世間」。記事の本のほか『「世間」とは何か』(講談社現代新書)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3853
【目次・書籍紹介】「正しさをゴリ押しする人」(榎本博昭、角川新書)

 マインドフルネスには、深い人生全般のマインドフルネスを研究していく、別のアプローチが必要であると思う。定義も研究手法もかなり違うだろう。
 「仏教」とは何か。「西洋仏教」が社会貢献している。なぜ、日本仏教はそうしないのだろうか。僧侶、学者の忖度は?

 日本では、精神科医や心理士によりマインドフルネスをとりいれるのが遅れているが忖度があるのか?
 製薬業界と医師集団とは、強い共生関係、利益共同体の関係にある。そして、医師集団を国は健康保険制度を通して支援している。うつ病などの精神疾患の関係する心理士が医師の監督下でしか仕事をもらえないならば、その心理士は、製薬業界や医師グループや官僚を世間として、忖度するのではないか。
 県や市町村の役人も地区の精神科医と密接に事業をすすめている。精神科医の扱う領域に薬を用いない精神療法をすすめようという提案をしても医師を忖度してすすまないのではないか。
 メディアも共生関係にある。製薬業界はよきスポンサーである。医師業界も購買層である。メディアも製薬業界や医師集団を忖度せざるをえないだろう。地域のメディアも、精神疾患の患者を支援しない宗教団体を忖度するだろう。宗教団体も購買層であり、取材先である。
 日本の心理士グループは、薬物療法を批判できないのではないのか。このままでは、いつまでも、心理士および心理学の学者から「薬物療法以外の心理療法を開発しよう」「たとえば、マインドフルネス心理療法がある、〇〇心理療法がある」と声をあげないのではないか。さらに、マインドフルネスの専門家までもが、精神疾患を改善するほどの力があるということを忖度していわないのではないか。集中力、ストレス緩和程度のマインドフルネスしか、いいにくい「空気」があるのか。

 製薬業界とはかなり遠いように見える宗教団体はどうか。禅や仏教、マインドフルネスの学者からは、うつ病などを治すようなマインドフルネスは日本では開発されなかったが、学問にもまた忖度があるのか。禅僧、仏教僧には市民のうち精神疾患の患者は教義から対象にしないですむだろう。マインドフルネスは宗教を排除したものともいう。宗教は精神疾患の患者は支援できないものと解釈されているらしい。

 仏教、禅の深いところは、「西洋仏教」のひとは、体験者も多いようで、鈴木大拙や西田幾多郎のいう深いものを認めている。しかし、日本の仏教学者は、それを認めない解釈をする。自己をこえた宗教ではなく、知性で考えられた思想、宗教形式の実践になっている。心理学ですむ解釈である。
 ところが、西田哲学の研究者は、鈴木、西田のいう深い人間の根底の働きを認める。 仏教の研究に偏見があるように見える。「認知的複雑性」の問題があるように見える。 結局、大乗仏教や西田哲学、鈴木禅学でいう深い人間の絶対的平等性、人格性、人間であることを理解できるのは、西田哲学の研究者や「西洋仏教」の人たちである。日本の僧や仏教の学者には何が忖度しているのか。
 「認知的複雑性」がわからず、自分で理解できないものを排除する心理は日本人の広い領域に蔓延しているように見える。何かの理屈をつけて深いものを否定排除しようとする。( https://blog.canpan.info/jitou/archive/3855 )
 そのことによって、深いものでしか救済できない市民の苦悩が解決しない。たとえば、薬物療法が効かないうつ病、不安症、PTSD、パーソナリティ障害などの患者、死の哲学が関係するがん患者のケア、人格を否定された人(虐待、性的犯罪被害者、DVなどの被害者)の苦悩などが支援されない。

 製薬業界と他の専門家(役人、医師、心理士、学者)のがんじがらめの忖度の網がはりめぐらせれているのかしれない。もし、そうであれば、日本ではいつまでも、薬を使わない精神疾患の治療法を研究する専門家は現れないだろう。
 うつ病、不安症、PTSDなどが治らない患者や家族はいつまでも治らないままで、生きていくのだろうか。どうしたらいいのだろうか。人間として生をうけた同じ人間なのに、どの専門家の「世間」にはいらず、見放されているひとたちがいるように見える。 薬物療法で治らない精神疾患の患者、家族。どうしたらいいのだろうか。

 これから、各種の専門家にありえる「忖度」の疑問をあげていくので、 その当事者の人が感じている「世間」「忖度」をご教示願いたい。

 簡単ではないので、情報が集まったら、何回か会議を重ねて対策を検討していきたい。
 私の活動人生には実現しなくても、マインドフルネスの学問が発展する10年後でもいい。粗いスケッチを討議検討しておきたい。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2736
★患者の利益に立つ医療を(2013年)


(続く)
【連続記事】【日本では、なぜうつ病などの心理療法が普及しないのか】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3889
(1) 連続記事の趣旨
 欧米から、がん患者を支援する人のたえめとか精神疾患を治す支援をする仏教やマインドフルネスが続々と翻訳されて、 講演会もある。なぜ、日本の仏教はそうしないのか、なぜ、日本独自のマインドフルネス が開発されないのか。不思議であるが日本に蔓延している「忖度」があるためか。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3891
(2)日本的組織の病・全体展望

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3893
(3)「空気」を読む

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3895
(4)「世間」とは何か

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3903
(5)精神科医は薬物療法で生活できる

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3910
(6)禅には「観」があるが科学にはない=西谷啓治

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3912
(7)自社発行の雑誌に批判的な意見を発表できる自由とは

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3915
(8)「リベラル」の問題とうつ病の心理療法
 自分の組織の現状を批判する内部の人たち。他の組織は、現状の固守でいいのだろうか。 理想社会の実現に向かっているか内省はないのか。
☆「リベラル」の条件(この定義によれば、現実の禅は、普遍性がなくリベラルでない。)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3916
(9)これまでの「正統」では社会の変革が遅れる、正統を乗り越える「異端の時代」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3918
(10)多様な価値観を受け入れるべきだ
 村木厚子さんの意見=冤罪事件、証拠が改竄されていて無罪

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3918
(11)これからの「正統」は全体を僭称せず全体の部分を自覚するもの

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3923
(12)仏教や禅の学問はこれから
 =「従来の正統」を越えて「新しい異端」が学問的真実かもしれない

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3928
(13)瞑想や坐禅を活用したうつ病などのマインドフルネス心理療法を学者は創始しないだろう
 =村木厚子さん・まず現場の活動者、それから学者

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3930
(14) 〜 (23) 初期仏教と大乗仏教は別の宗教。
  しかも、日本仏教は、大乗仏教の本道からはずれている。 
  日本の仏教は「マインドフルネス」どころではない?
  大乗仏教の核心が失われ存在意義が問われている

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3962
★(24)西田幾多郎による仏教批判

(続く)

仏教、禅の学問的研究者は? その家族は?

心理カウンセラーの組織は? その家族は?

仏教の組織は? その家族は?

マインドフルネスの推進者は? その家族は?

マインドフルネスのファンは? その家族は?

企業や健保組合は? その家族は?

自治体は? スタッフ、その家族は?

支援するNPOや相談の組織は?

患者・家族の団体は?

マインドフルネス瞑想療法士🄬は?

(続く)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3904
(参考)自殺念慮は消えにくい・日本財団の発表
 =うつ病を治せないからだ
【関連記事】

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【誤解だらけの瞑想、坐禅、マインドフルネス】

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【目次・書籍紹介】「正しさをゴリ押しする人」(榎本博昭、角川新書)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3866
【目次・書籍紹介】「忖度社会ニッポン」(片田珠美、角川新書)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2228
【目次・連続記事】専門家のエゴイズム

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3835
【New 目次】非定型うつ病のマインドフルネスSIMT

https://blog.canpan.info/jitou/archive/1812
【目次・連続記事】無視・傍観・軽視・放置・見放される病

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3461
【連続記事】『見て見ぬふりをする社会』

https://blog.canpan.info/jitou/archive/1995
★パーソナリティ障害と自殺
Posted by MF総研/大田 at 09:36 | エゴイズム | この記事のURL