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 記憶による勝利 [2018年07月04日(Wed)]

われ反抗す、ゆえにわれら在り
 記憶による勝利

 NHK Eテレビの「100de名著」のテレビ、「ペスト」の第4回は「われ反抗す、ゆえにわれら在り」です。

 「偉い」人たち(宗教者も含む)の煽動に乗らないで反抗する人々にも死は訪れます。 組織に随順しないで自己の良心をかけて反抗した名もない人たちの行為は無駄になるのでしょうか。それがカミュの 問いであり、解説する中条さんの関心です。

 テキストの見出しが「記憶による勝利」です。
反抗した人たちの名前は組織の官製の歴史には記録されません。 しかし、反抗したひとたちのことは世界が記憶しています。誰かが発掘してくれます。 良寛、白隠、宮沢賢治などは当時の組織の幹部の方針に反抗しました。宮沢賢治の批判はすごいものです。 これらの反抗者の言動は後世に伝わって記憶されています。勝利です。 同時代にいた組織の多数の追随者の名は残りません。
 このことをカミュ、中条さんは教えます。

 反抗者の少数は、死んでいった。残された仲間の責務は何か。

 「タル―は死によって敗北したわけですが、その死を受け入れて終わりにするのではなく、 残された者の責務として戦いを続けるほかないのだという、 苦しくも真っ当な倫理が示されています。」(p95)

 「タル―は今夜、りウーとの友情を本当に生きる間もなく死んでしまった。タル―は自分でいったとおり、 勝負に負けた。しかし、りウーは何を勝ちえたのか? 彼が勝ちえたのは、ただ
ペストを知ったこと、そしてそれを忘れないこと、
友情を知ったこと、そしてそれを忘れないこと、
愛情を知ったこと、そしていつまでもそれを忘れないにちがいないということだ。
ペストと生命の勝負で、人間が勝ちえたものは、認識と記憶だった。たぶんこれこそが、勝負に勝つと タル―が呼んでいたことなのだ!」(p95)

 「ペスト」は、人間、特に多数派になりやすい人間のエゴイズムの心理です。浅い思想、定義に還元して多数派となる。「認識」は、明晰に知ること、洞察でしょう(p44で議論されています)。

 「見きわめたものをけっして忘れないで、記憶し続けること、それが残された者の責務だという認識に リウーは辿りつくのです。それは、戦いや、友情や、愛情、その経験と記憶を、しっかりと魂と体に刻み、忘れてはいけないという倫理的な責任です。」(p95)

 鈴木大拙が、官製の歴史には記録されない妙好人を発掘して記録したので、深い仏教を探求する人に、繰り返し想起記憶されます。永遠に残ります。
 道元禅師、宮沢賢治、金子みすゞも生きていた時には、賛同者は少なかったです。死後、多くのひとが認識し記憶しています。神谷美恵子も無名の詩人を紹介しました。

 多数の有名ではないが、多数派に迎合せず自分の良心にしたがって反抗してかえって弱者を見捨てなかった人を記録に残したいものと思います。組織人の書籍を出版する本や官製の書籍には掲載されませんので、何とか文字にしたいものです。
 そういえば、最近、教団の統一見解に批判的な本も出版されます。

(続く)
【目次】「自分の中にある悪」アルベール・カミュの『ペスト』
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Posted by MF総研/大田 at 09:43 | エゴイズム | この記事のURL