CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«機関誌『マインドフルネス精神療法』第4号のすべての記事 | Main | 組織、団体の全体主義、画一主義、還元主義的な理屈に 反抗する少数者の「苦悩」「孤独」 »
組織、団体の統一的なイデオロギー、思想で 人々の自由を奪い、人を死に至らせるもの= トップや専門家の独断=カミュの「ペスト」 [2018年06月27日(Wed)]

組織、団体の統一的なイデオロギー、思想で 人々の自由を奪い、人を死に至らせるもの= トップや専門家の独断=カミュの「ペスト」

 NHK Eテレビの「100de名著」のテレビ、「ペスト」は、第4回で終わりになりました。寂しいですね。 私が、感じている、組織のエゴイズム、専門家のエゴイズム= 「隠し持つ後ろ暗いボタン」に反抗しようという立場にあります。組織員はトップのいいなりにならずに、たった一度の人生なのだから自分の良心をかけて、自分の頭で考えて、反抗しようという弱者の立場に立つ生き方をしようというのがカミュの立場です。ペストは、トップや専門家のエゴイズムです。

 現在の日本でも、幹部の多数決によって、不条理な統一見解を押し付けて、構成員の自由をうばっているところがあるでしょう。構成員は「ためらい」(テキストp78)を感じているのですが、なかなか表だって反抗できません。いじめられる、組織の幹部にはなれない危険、下手をすれば組織から追放される不安を感じるからです。

 幹部の主張する理念、定義、思想、方針に反対すると、追放されそうです。歴史は多数派の幹部で記録されます。良心によって反抗すると追放されて、幹部によって記述される歴史には記録されません。不条理です。カミュは現実は不条理であることを描いたのです。そして、反抗しようと訴えたのです。団体の全体主義、画一主義、還元主義的なものは、結果的に人を生かさないからです。

 「ペスト」の中の人物は、こういいます。
 「僕は人を殺すことを断念した瞬間から、決定的な追放に処せられた。歴史を作るのはほかの人々だ。」(p79)

 「ひとを殺していない」と幹部は思うでしょう。しかし、間接的に殺しているのです。たとえば、うつ病で苦しんでいる人の支援をしたり、大震災で困っている人たちの支援にボランティア活動をする、教師となる、医者となる、幼稚園を経営するなど、自分の生きがいと決めた社会貢献行動をしたいのが、人間の本音。だが、そういう行動を本部の幹部は批判する。「創始者はそんなことはいっていない。そんなことをせず〇〇せよといっている。」たとえば、こういうものです。 すると、メンバーは反抗したくなる。クライアント、支援者, 檀家信者あっての自分である。傍観していると死ぬおそれがある、見殺しにできないと思うひとがいる。 反抗して、ボランティア活動をする、心の病気の人の支援活動をする、教師、医、臨床宗教士などとしての行動をする。幹部が強調する〇〇をしていないで、人々が生きる(殺さない)支援行動をする時間が多い。そして、〇〇でないことから収入を得て本部に負担金を送付する。不条理である。
 トップの言うとおりにすると、社会の多くの人が死ぬ。個人の自由を縛る。反抗すると追放される。不条理である。それでも、カミュは、弱者の立場に立つという。「反抗的人間」であれという。共感するひとがいる、そこには本当の喜びがあるという。「われ反抗す、ゆえにわれら在り」という複数である。「われ」ではなく「われら」である。幹部から追放されても、孤立はしない。共感者がいるという。カミュの場合、この共感者が、複数の個人をさすのか、鈴木大拙や西田幾多郎がいう、内奥にある超個、絶対的一者までもさすのか、このテキスト、テレビ放送だけでは読みとりにくい。他の作品をあたる必要がある。死ぬ直前の人物が「すべてはよい」(p92)という言葉が宗教的である。
 「反抗的人間」の行動は組織の歴史には、記録されないが、誰かにどこかに「認識」され「記憶」されるという。そういえば、表面の「歴史」には記録されないが、組織のイデオロギーに反抗した人間の記録が公的歴史書からこぼれている世界から繰り返し発掘される。組織に同調した人間は、それもない。「その他大勢」であり、個人名はない。幹部の行為だけが記録されている。反抗的人間の勝利である。(p94)
 ともかく、・・・。

 第4回のテキストから肝になることをみてみましょう。

 西田哲学がいう、組織の悪は、メンバーの自由を奪うことです。構成員の自由を奪い、個人個人の独創的な活動を許さない、独裁的な後ろ暗いボタン、それが組織(の多数派の幹部)の悪。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3476
★組織の悪


【目次】「自分の中にある悪」アルベール・カミュの『ペスト』
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3781


関連する記事です。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3675
★「寺よ、変われ」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3605
<目次>本音の観察

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2228
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3616
★専門家のエゴイズム

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2370
★カウンセラーや精神科医が自分の枠内にとじこめるおそれ

https://blog.canpan.info/jitou/archive/1812
★無視・傍観・軽視・放置・見放される病

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2669
★全体主義、画一主義、還元主義
Posted by MF総研/大田 at 21:10 | エゴイズム | この記事のURL