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マインドフルネス精神療法研究会でした [2018年01月14日(Sun)]

マインドフルネス精神療法研究会でした

 本日は、マインドフルネス精神療法研究会でした。

 自己の階層の観察をしました。意志的自己までできます。叡智的自己は対象的意識では、直接は観察できませんが、哲学的に確認できます。ここまで宗教ではありません。人格的自己は宗教レベルです。根底は絶対無、絶対的他者です。すべての人の底で知らずに動いています。

 本音、感情、価値、欲求を議論しました。

 分節1、無分節、分節2を議論しました。

 「マネハプ」について議論しました。マネハプのように、SIMTも、夫婦で、中学の子と、家族と一緒にするSIMTを週1回するのもいいなと。家族(夫が子供が)が家族にも告げずに自殺していくようなことを防止できるかもしれません。

 実践は、西田哲学の実践論に基づいて、叡智的自己、人格的自己をめざします。 自分の価値領域(家庭、職場、支援活動の場)において働く(ポイエシス)、そこで 独断的な本音を観察し気づいて(プラクシス)、他者を傷つけないような、自分、自分の組織だけの利益でなく、外部までの利益になるように見、考え、行動していく。「わかった」という文字で説明できるような状態は、みな、世俗諦だから執着せず捨てて(そうしないとそこにとどまって成長しなくなる、真の自己を証明しない)、無分節の哲学を理解して、その方向へ実践していけば、いつか、絶対無(無分節) に入る。そして、分節2として、さらに世界を作っていく。すべての人が根底に絶対無を持つ。そういう哲学を信じて実践していくと、体験する時がくる。そのような瞑想をしました。
 道元禅師は坐禅という瞑想法をすすめましたが、「只管打坐」と呼ばれた瞑想です。その哲学は正法眼蔵に書かれていて、後継者が続けてきた方法であり、公案は用いません。公案は臨済宗で用いられます。
 研究会は、西田哲学の哲学を信じ理解し実践しその通りであることを証明する方法でいきます。
 研究会では、意志的自己の意志作用の熟練、叡智的自己、人格的自己への哲学を帯びながら瞑想し、家庭職場で支援活動の場で実践していきます。深い人間探求のマインドフルネスは、日本には、 次のものがあるわけです。

★念仏による
★只管打坐による(生活の場では己見我利我執を捨てて行動)
★公案による
★西田哲学の実践論による

 これらは、宗教もありますが、宗教的ではない観察の方法を心理療法のような形式と内容にして開発していくのが、第3世代の認知行動療法ということになります。 宗教でない社会的マインドフルネスも社会への貢献が大きいのです。
 マインドフルネスSIMTでは、宗教レベルと宗教ではないレベルとを区分します。それぞれ、実践したいものを選択していただけます。


 要は、みな、深い実在論(真の自己とはなにか)の哲学があり、それを証明するような実践論の哲学(「どう生きるか」=プラクシス=自己形成、世界創造できる自己を形成)を信じて、自分の足場(家庭、職場、支援の場)で価値実現の行動をして家庭で職場で支援の場で生きていく(ポイエシス、世界創造)ということにつきます。

用いた資料
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/shuppan/ronsou-1-2016.pdf
「後期西田哲学の実践論」

「会報「こころの健康」
第103号 「本音・自己中心的な執着・本音」
第104号 「マインドフルネス 真理の階層がある」
第106号 「自分とはなにか 自己の階層がある」


http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/senmonka/soudanin-club.htm
★マインドフルネス瞑想療法研究会

 前回は、ドイツの学生さんが参観されました。日本のマインドフルネスがドイツに紹介されればいいのですが。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3029
★人格的自己へのマインドフルネス

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2768
★叡智的自己のマインドフルネス

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2889
★叡智的自己のマインドフルネス
Posted by MF総研/大田 at 21:42 | 深いマインドフルネス | この記事のURL