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第3世代の認知行動療法(10)= 世俗諦と勝義諦 [2017年08月25日(Fri)]

第3世代の認知行動療法(10)
世俗諦と勝義諦

 対象論理の学問科学では真の自己とは何かはわからないと西田幾多郎博士がいってから70年余。 理論物理学の研究者もそういう。自己の哲学を学ぶ場合、大乗仏教で主張された、世俗諦と勝義諦ということを理解しておくのは、とても重要である。現代のわれわれがマインドフルネスや禅などを実践、研究する場合に、遠回りをさせられたり、浅い思考による対象的に描かれたところ(真理ではない)に縛られるのを防止できる。
 世俗諦と勝義諦について、竹村牧男先生の説明です。
 「唯識の代表的な文献である『瑜伽師地論』には、二諦説と関係する「四俗一真」の説があります。二諦説というのは、真理(諦)に、世俗の真理と勝義の真理とがあるというものですが、概して、世俗諦は言葉によって説明された真理、勝義諦は言葉を超えた真理そのものと考えられます。」(p268)
 「四俗とは、世間世俗諦・道理世俗諦・証得世俗諦・勝義世俗諦というものです。」(p268)
 (それぞれの説明があるが、長いので省略。安価な本ながら、大乗仏教の核心を学ぶことができるので、購入されることをおすすめしたい。これからの記事でも何度も引用させていただく。勝義諦を理解できない人がすばらしい大乗系、禅の人、哲学、実践を否定する顛倒が起きているのをかえって批判されていることになる本である。)

 「勝義世俗諦は、真如・法性のことです。つまり、覚りの智慧によって証された真理を言葉で表したものです。それは前の滅諦とも同じもの(ただし大乗仏教的に)であるでしょう。」(p269-270)
 「これをあえていえば、世間的真理・科学的真理・実存的真理(哲学的真理)・根源的真理(宗教的真理)と言えるでしょう。真理にも階層性があるのであり、次第に深く深く、深まっていくのです。
 これらに対し、勝義諦は一つのみです。それは、非安立一真法界と言われています。非安立というのは、言葉の説明を超えたということです。つまり真如・法性そのもののことです。究極の真理は、言語・分別を超えているのでした。」(p270)

 マインドフルネスの階層です。宗教は悪いものではありません。排除しないほうがいいでしょう。宗教のマインドフルネスの真実を知った上で、宗教でない二元観のマインドフルネスを研究し活用していく。 浅いマインドフルネスも、この方向に向いていないと、あるところで矛盾、限界に至り、むだな努力をさせるおそれがあります。
 また、勝義諦があることを伝えないと、若い僧侶が実践をしなくなります。研究者が深い問題の解決方法の研究開発をしなくなります。浅い先入観を植え付けられて縛られるのです。西田幾多郎博士などが、その問題を指摘したのです。組織の見解、実践しない文字の研究者の解釈で、自分は満足するのか、釈尊のものがそのような程度のものであったのか、自分自身の誠実な心に向き合うことが求められるのではないでしょうか。
 道元禅師も世俗諦と勝義諦の両方を述べていると解釈する仏教者、哲学者も多いのです。経典や禅著は、勝義諦の深いものも言ってるのに、ある限定した立場にたって、対象的な一つだけをとらえて、還元主義的な主張をする論文や学説がよくみられます。これは、もう是正していただかねばなりません
 勝義諦で、仏教や禅、マインドフルネスをいう本を昭和には多くみたのですが、平成の現代には、ほとんど見つけることができません。生身の人は、西川和榮さんのように、少数おられることがわかります。日本の人の精神は西洋流の対象論理になってきたのでしょうか。科学は自己については扱えないと理論物理学者の言がありました。対象にならない自己をつきとめようとした禅は、間もなく永遠に消滅するのでしょう。継承者がなくなると、復活は無理です。それほど、微妙な探求です。対象論理を捨ててゆく実践。公案と只管打坐と念仏があったが、盤珪の不生禅も廃絶しました。方法がわかりにくい。微妙であるために、面談から面談へと指導されてきました。

 世俗諦と勝義諦について言及した記事。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3567

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3572
この記事を書いてから、元の記事を補正しました。

竹村牧男「般若心経を読みとく」角川ソフィア文庫、2017

この本によって、大乗仏教のマインドフルネスの哲学を確認します。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3591
<連続記事>大乗仏教からの初期仏教批判

★マインドフルネスの 水平展開と垂直展開

★ 第3世代の認知行動療法 ⇒ 目次


★認知療法から第3世代の認知行動療法へ

★学問のよそおいで、狭く限定する
★「学者は平気でウソをつく」

★フランクルの教育論
 学問における全体主義、画一主義、還元主義

だからマインドフルネスもMBSRに限定してはいけない
 =多くの社会問題にはもっと広く深いマインドフルネスが必要

★日本のマインドフルネスの再興を
★人格的自己のマインドフルネスへ
★マインドフルネスには哲学がつきもの
★<目次>日本的霊性はだめか
Posted by MF総研/大田 at 18:48 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL