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第3世代の認知行動療法(8) = =インドフルネスを説く人(専門家らしく見える人)が  己のエゴイズムの心を観察しない [2017年08月18日(Fri)]

マインドフルネスを説く人(専門家らしく見える人)が己のエゴイズムの心を観察しない
 第3世代の認知行動療法(8)

 マインドフルネスは、己の心理現象に気づき、観察することですが、この記事の最後に 書いたような奇妙なことが起きています。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3551

 実践しない人がにわか勉強をして知識でわかった(浅い思考レベル)つもりになって、 誠実に実践している(深い行動レベル)人を嫌悪し否定する”偉い”人がいます。偏見、我利、我執,自己保身、嫉妬などのみにくい心理があります。仏教では、みにくい心理は「煩悩」の中にあって、観察(マインドフルネス)して抑制するように、指摘しています。 仏教では、これを観察(マインドフルネス)するように(=正念)といっていました。仏教の正念がマインドフルネスであると講義や講演で説明していながら、 それなのに、自分の行動を観察せずに、我利のために、我利を観察し抑制せずに、真剣に実践しそれを悩む人にアドバイスしている人を多数決で排除する行動をする。
 感覚や動作を「観察」するのだと、思考レベルで簡単にわかる気になる今のマインドフルネスの ブームの弊害でしょう。今、マインドフルネスは異常です。自分の醜い心を観察しない。その点、西川さんは、観察なさっておられました。ほんものの実践者でしょう。 西川さんに詳細にインタビューして、どのように実践すれば、現代の若い人に実践してもらえるか、研究することができないものでしょうか。  うつ病や不安症、過食症、家庭や職場で人間関係がうまくいかない、他者排斥、いじめ、暴力虐待なども「己見我利我執」がもたらしています。自分中心の本音に向き合って観察しないと改善しないでしょう。
 どうして専門家は、エゴイストになるのか。西田哲学によれば、最後の審判者が自分だからです。自分が偉い。自分を超えたものを認めない。その作用は行為的直観です。自分を超えた絶対者を認めないので、自己を強烈に執着します。他者を低いと思う。自分よりすぐれた人を受けいれない。闘争、排斥、いじめをしやすい。そういう醜い心理をも観察してゆくのが、深い禅です。
 マインドフルネスがブームですが、しかし、求めるのは本当に困っている人たち。長い間には、市民はほんものを見抜くでしょう。浅薄なものは、社会の需要に応えられないのですから、しばらくしたら消えるでしょう。私のも後継者なく消えるかもしれません。
 日本のマインドフルネスは、人生の生き方です。禅の人や念仏の人は、 平常底です。ポイエシス即プラクシスです。常に、生涯、実践します。何かの利益(収入、商売、地位、名誉など)を得ようとする便乗の短期間ではありません。
 (ポイエシス即プラクシス
 「私はマインドフルネスだ」と言っている人が、5年後も、同じことを言っているか、すばらしい活動を提供しているかみればわかるでしょう。

 明日は、マインドフルネス瞑想療法士🄬の認定講座の第3回です。
★マインドフルネの 水平展開と垂直展開

★ 第3世代の認知行動療法
(1)観る局面、考える局面、行為する局面
(2)意志作用/行為的直観
(3)価値=意志作用/行為的直観の根底から方向を決めている
(4)最も深い自己の体験がある
(5)生物学者も認める西田哲学
(6) すべての人の絶対的平等
(7) 根底の絶対的平等を体得した西川さん
 =西田哲学、鈴木禅学の証明(2)
(8) マインドフルネスを説く人(専門家らしく見える人)が己のエゴイズムの心を観察しない

★認知療法から第3世代の認知行動療法へ

★学問のよそおいで、狭く限定する
★フランクルの教育論
 学問における全体主義、画一主義、還元主義

だからマインドフルネスもMBSRに限定してはいけない
 =多くの社会問題にはもっと広く深いマインドフルネスが必要

★日本のマインドフルネスの再興を
★人格的自己のマインドフルネスへ
★マインドフルネスには哲学がつきもの
★<目次>日本的霊性はだめか
Posted by MF総研/大田 at 17:50 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL