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第3世代の認知行動療法(6)=すべての人の絶対的平等 [2017年08月13日(Sun)]

第3世代の認知行動療法(6)
すべての人の絶対的平等

第3世代の認知行動療法4JPG.jpg
(西田幾多郎と井筒俊彦の哲学によって概観するすべての人間の自己の働き。)

 人の意識作用には階層性があると、哲学が教える。意志作用までは対象的に作用(ノエシス)も作用の作った内容(ノエマ)も観察(マインドフルネス)できる。行為的直観から 作用(ノエシス)は対象的には観察できない、その作用の表現(ノエマ)がみられる。そのノエシスを知らなくても、これをすべての人が用いている。言語アラヤ識、絶対的一者もすべての人が用いているが、直接にはマインドフルネス(観察)できない。観察する対象意識的作用、表層意識よりも、深い深層意識だからである。しかし、ノエマは表現されている。 深層意識は、 スマホ、パソコンを用いる人にはすべて、Windowsのような基本ソフトからの作用が動いているようなもの。


 大乗仏教や禅は、人間の人格を探求した深い宗教 。そもそも、人間存在が「宗教的である」(自我を超えた働きによって動かされている)のに、マインドフルネスのブームは暗黙のうちに、言外に、「宗教は科学的に遂行するマインドフルネスで排除する。宗教はマインドフルネスにとっては悪いもの」という偏見を助長しているように見える。しかし、宗教を理解してのことであろうか。日本に見られた深い宗教を否定することはかえって、誤りを犯すことになるであろう。宗教的自覚(下記の僧、哲学者、仏教学者によれば人間の真相であるという)でしか救済されない問題も多いのだから。
 (注)西川和栄さんも絶対的一者を体験した人)
 MBSRの方法のみが役に立つ科学的マインドフルネスであるかのように多くの活用者がいうが、それは大学などのマインドフルネス心理学者の「マインドフルネスは宗教を排除したもの」という言葉を用いているのである。宗教とは何か自分で真剣に検討せず、うのみにしている。精神に関することは科学で変化してきて、前の科学が誤りであったこともある。 仏教学者の間でも、宗教はどこまでか見解が定まっていない。国民をある固定した見方に導くおそれのある心理学者は慎重であってほしい。

 図は、すべての人の自己の階層性。中国禅、道元、白隠、良寛、盤珪、親鸞などによって実践されて教えられた。西田幾多郎、井筒俊彦などの哲学者や鈴木大拙、秋月龍a、竹村牧男氏などの仏教学者が肯定した。この深い階層からは、他のマインドフルネス(MBSR、MBCT,ACT,リネハンの弁証法的行動療法など)や仏教(釈尊、初期仏教、大乗仏教、密教など)がどの位置にあるかわかる。二人の哲学者は、様々な深い宗教の位置づけを示している。宗教に関係なく、すべての人間の意識の階層 性の真相を突き止めた宗教もいくつかあるという。これを理解できない学者がこれを否定するが、対象論理的見方しかできないのであるが、その見方を構築できる思考の奥に、絶対的一者の働きのおかげなのであるが。人は自分の能力だけで生きている(そう思うのは高慢、驕りという)のではない。自己を内奥に超えた働きがある。
 ここをおさえたうえで、現代の日本に、世界に、様々なレベルのマインドフルネスを研究開発していかねばならない。


(注)
Posted by MF総研/大田 at 07:03 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL