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第3世代の認知行動療法(5) [2017年08月10日(Thu)]

第3世代の認知行動療法(5)

 生物学者の福岡伸一氏が、エッセーでこういう。(朝日新聞、8/10/2017)

 「ある哲学者から「京都学派の始祖・西田幾多郎の生命観は、福岡さんの動的平衡論と似ている」と指摘された。そこから難解な西田哲学の読解が 始まった。」

 「西田哲学は決して机上の空論でもないし、形而上の言葉遊びでもなかった。極めて実践的な、自然の内部に立った自然の記述に、真っ向勝負で挑んでいた。」

 「合成と分解、酸化と還元、結合と切断。逆向きの二つの作用は、互いに図と地の関係にあって、一方に着目すると他方は隠れて見えなくなるが、決して対立しているわけではない。むしろ捕い合っている。これを西田は絶対矛盾的自己同一と呼び、生命の定義とした。 長らく西田哲学と格闘してきたが、ようやく西田先生を身近に感じることができるようになった。」

 西田哲学が言葉以前の自己を説明した。これを体験するのを身心脱落、見性、無生法忍という。こういうことですべての人間の絶対的平等を証明する。鈴木大拙や西田幾多郎が明らかにした。ところが、仏教学者や僧侶は、鈴木大拙や西田幾多郎を否定するひとが多い。なぜそうなのか、興味深い。体験するのは、かなり難しいからである。仏教学者は理解できなくても、自然科学者や哲学者は理解できるのが面白い。

 絶対矛盾的自己同一である。生と死、世界と自分、他者と自分、自分と絶対者(神、仏)、生産と消費、対象と自己、・・・。
 死の恐怖、自分は価値がないもの、人格を否定された人の苦悩も解決する。自己は絶対者と一つなのだから。科学者は、わからないからといって、否定しないでもらいたい。深刻な苦悩を持つ人の救済を妨害することになる。

 「マインドフルネスは宗教性を排除した」というのはおかしい。そもそもマインドフルネスは、仏教という宗教で深く実践されたものであり、深い苦悩が深いマインドフルネスで救済されるのだから。「無評価で観察」だけがマインドフルネスというのもおかしい。現実の生きる瞬間は、評価しないと生きていけない。「俺だよ、俺」という声を聞いたら「オレオレ詐欺」ではないかと評価しなければならない。異性に触れられたら「セクハラだ」と評価しなければならない。 ひどい言葉、暴力をあびせられたら「虐待だ」と評価しなければならない。職場で、パワハラだと評価しなければならない。怒りがある時に、自分の側にエゴイズムの心理があるのではないかと評価しねければならない。そして瞬時に言葉行動を評価選択しなければならない。
 いいなり、されるなり、行動し放題ではすまない。すなわち、在家の生活は、「観察して評価しなければならない」ことが多い。評価するマインドフルネスも普及させなければならない。うつ病、不安症、過食症、家族職場の人間関係、自殺防止、パーソナリティ障害、人格の苦悩、死のメンタルケアなど広い領域がある。 リネハンの弁証法的行動療法も宗教レベルである。

 「マインドフルネスは無評価の観察」「マインドフルネスは宗教を排除」というのは、狭いマインドフルネスであることになる。人間生活は複雑である。MBSRだけがマインドフルネスではない。日本には、深いマインドフルネス、西田哲学がある。どこまでも深く観察していく。観察=マインドフルネスである。西田哲学では実践は「独断を捨てて見、独断を捨てて考え、独断を捨てて行動する。」という。すなわち、自己、他者の意識のすべてを観察し独断(* 注)でないかどうか「評価しなければならない。」こうして生活していると、ある時、言葉以前の深い体験、評価のない根源的体験をする。5年、10年、20年かかるかもしれない。しかし、ある。中国禅、日本に体験者は多い。中国禅の五家七宗の禅僧たち、道元、良寛、盤珪、白隠、芭蕉、鈴木大拙、・・・。

 意志的自己の自己洞察瞑想療法(SIMT)は、宗教レベルではない段階の西田哲学を参照して開発された。意志作用をうまく行使すれば、たいていのうつ病、不安症などは治る。自分で読んで理解できないひとは、回避逃避せずに、マインドフルネス瞑想療法士🄬を訪問してアドバイスをもらいながら実践していただきたい。10か月はかかる。それほどに、意志作用を行使することが難しくなっていて、すぐに回避逃避、あきらめるのが習慣となっているのが、うつ病、不安症などであるから。

(*)自己洞察瞑想療法(SIMT)では、「本音」という。執着系、嫌悪系、行動基準系などがある。エゴイズムの心理である。たとえば、ある体験を嫌悪すると、回避逃避、否定の思考行動をする。浅いものから深いものまである。自己、他者を苦しめる本音から、社会の発展を妨害するものまである。観察しなければならない。

(続く)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2734
「人格」とは何か

哲学者永井均氏は『西田幾多郎』(NHK出版)
 「 西田は、「私と汝」という論文で、少なくとも個人(あるいは「人物」とか訳される 英語でいうpersonの成立に関する限り、この問いに正面から答えたとみなす ことができる。そのことを通じてしか、個物ーー客観的個物ーーの成立につい て語ることはできないのである。」(p85-86)
★マインドフルネの 水平展開と垂直展開

★ 第3世代の認知行動療法
(1)観る局面、考える局面、行為する局面
(2)意志作用/行為的直観
(3)価値=意志作用/行為的直観の根底から方向を決めている
(4)最も深い自己の体験がある
(5)生物学者も認める西田哲学
★認知療法から第3世代の認知行動療法へ
★第3世代の特徴

★学問のよそおいで、狭く限定する

★フランクルの教育論
 学問における

だからマインドフルネスもMBSRに限定してはいけない
 =多くの社会問題にはもっと広く深いマインドフルネスが必要

★日本のマインドフルネスの再興を
★人格的自己のマインドフルネスへ
Posted by MF総研/大田 at 21:31 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL