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日本的霊性の特徴・自他不二の哲学 [2017年04月12日(Wed)]

日本的霊性の特徴・自他不二の哲学

 日本的霊性は、禅や真宗にみられたといいます。

 禅や西田哲学の研究者のあいだでは、日本の深い宗教の特徴は、自他不二の自己を探求するものであると言われています。自他不二的という時、もっとも深い「他」は、絶対者(神、仏ともいわれる)です。西洋のような外にみるのではなく、自己の内、根底です。対象的には見られないもの。

 「自他不二の自己」は、日本の歴史上、さまざまな人(たとえば、道元、白隠、松尾芭蕉、西谷啓治など)が言っているのですが、最近、この深い哲学をいうことが少なくなっています。 西田哲学も「自他不二」の哲学であると、哲学者小坂国継氏が言っています。

 「西田のそうした矛盾的な表現を仔細に検討していけば、そこにはある一貫した考えがみとめられる。それは、通常、対立的に考えられている主観と客観、個と普遍、自己と他己が一体にして 不二なるものであるという自覚であり、またものごとを自己の側からではなく、反対に、世界 の側から見ていこうとする姿勢である。いわゆる自己というものがまったく消失してしまったところから 物や世界を見、自己が物や世界になりきったところから行為していこうとする考え方である。それは、まさしくデカルトに始まりカントによって完成された 西洋近代の物の考え方 ー 西田はそれを主観主義と呼び、対象論理として特徴づけている ー に対するアンチテーゼである。こうした視点を離れて西田哲学をとらえようとすると、西田哲学の核心部分を見失ってしまうことになるのではないか、とつねづね筆者は考えている。そしてそれが本書全体の趣旨でもある。」 (小坂国継,2011,294頁)

 欧米のマインドフルネス心理療法者が東洋的な実践を掘りおこして、痛みの克服、精神疾患の治療、教育、非行更生の領域など現代社会の中で活かし始めました。しかし、日本のマインドフルネスは遅れています。社会的応用に出ていく実践が弱く、しかも、自他不二の自己の探求、西田哲学の実践化は遅れています。

 上記の言葉の中に、 「通常、対立的に考えられている主観と客観、個と普遍、自己と他己が一体にして不二なるものであるという自覚であり」という部分があります。
 このことはいろいろなことが言えます。主観=自己、他=客観=ある場合は「世界」、「絶対者」といえます。「あなた」「絶対者」もそうです。「世界」とすると、自己と世界が別ではないです。「自己の中に世界がある。世界の中に自己がある。」です。この解釈は自己の深さによって、違ってきます。日本的霊性でいうのは、最も深いものです。この場合、自己も絶対者も単独で存在する基体ではありません。

文献
小坂国継(2011)『西田哲学の基層』岩波現代文庫
★<目次>日本的霊性はだめか
Posted by MF総研/大田 at 21:58 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL