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真理の階層性 [2017年04月10日(Mon)]

真理の階層性

 日本的霊性によせて

 西田哲学では、意識の階層性、自己の階層性を言います。その階層によって、世界や自己の見え方が違ってきます。
 仏教もそういう階層性を言います。 竹村牧男先生(東洋大学学長)の説明をみます。「日本的霊性」との関連のところを集中的に見ます。

 「仏教の一つの特徴として、真理の階層性を認めるということがあります。それは、認識能力の違いに応じて見えてくる地平は異なるのであり、唯一の真理があるわけではない、どの地平もそれなりに真理を見せている、とするものです。」(竹村牧男,2012,p197)

 仏教の歴史において、各種の経典、論書で真理の階層性が論じられて「教相判釈」と呼ばれました。自身のものが最も深いと主張します。

 「こうした仏教の教判の特徴は、真偽の判定ではなく、真理の高低ないし浅深の判定であって、下位の立場もけっして全面的に否定されるものではなく、何らかの真理性を担っていると見られていることです。とすれば、仏教においては、外道に対しては排他主義がありえても、仏教内部においては常に包括主義の立場が貫徹されているということになると思います。」(p200)

 だから、深い真理の立場からは、浅い立場も受け入れます。 浅い意志的自己の意志作用の立場しか知らないと、叡智的自己の行為的直観などありえないと否定するでしょう。しかし、深い直観の立場からは、意志的自己の意志作用も、一定の真理であると見るようなものです。意志的自己の意志作用は直観よりは浅いけれど、うつ病、不安症/不安障害を改善させる力があります。また、家族や職場の人間関係の苦悩を改善させる力があります。二元観でありますが。しかし、もっと深い意識現象があるというのです。そうでないと解決できない問題には、行為的直観、創造的直観があるというようなものです。深いものは浅いものを包括します。

文献:
竹村牧男(2012)『宗教の核心―西田幾多郎と鈴木大拙に学ぶ』春秋社
★<目次>日本的霊性はだめか
Posted by MF総研/大田 at 21:15 | 深いマインドフルネス | この記事のURL