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«マインドフルネス精神療法研究第3回発表大会 | Main | 沖縄タイムスの掲載»
仏教は日本でさらに深まった [2017年04月05日(Wed)]
★発表大会=5月20日

★マインドフルネスの専門家育成講座
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 あと5人。1年1回開始、10カ月連続のため。

仏教は日本でさらに深まった

 鈴木大拙博士は、仏教は日本で深まり、インド、中国の仏教、襌と違うものになった。これを日本的霊性といいました(竹村,2002,p109,252、鈴木大拙,p143)

 日本的霊性とは、仏教が日本で深いものになったということであり、 日本人がすぐれているという意味ではありません。 すべての人間の根底の絶対平等ということが日本の宗教にあったということです。西田幾多郎博士は、絶対無といい、井筒俊彦は、無分節といいました。 このことは、西洋にも指摘されています。エックハルト、 V・E・フランクルなどがいます。

 「支那の仏教は因果を出で得ず、インドの仏教は但々空の淵に沈んだ。日本的霊性のみが、因果を破壊せず、現世の存在を滅絶せずに、しかも弥陀の光をして一切をそのままに包被せしめたのである。これは日本的霊性にして始めて可能であった。」(鈴木p142)

 これを引用して、竹村牧男氏(東洋大学学長)はこういう。

 「ここに、日本的霊性が、インドの但空の淵に(涅槃寂静への志向であろう)とも、中国の因果主義(修行の因によって仏果を得る)とも異なることが指摘されている。確かに、この身そのままに阿弥陀仏の救いを得る立場は、インドや中国には見られず、日本独特のものというべきであろう。大拙は襌のみでなく真宗にふれることによって、現世の存在を滅絶せずに、絶対者の大悲によってこの「一人」がそのままに救済されるという霊性の機微を体得し、これを日本的霊性として高調したのであった。」(竹村牧男、2002,p252)

 日本の精神風土があったから、仏教は日本独特のものとなった。(鈴木の言葉の続き)

 「そうして鎌倉時代がこれを可能ならしめる契機であったのである。不思議な事には、千五百年ほども継続した歴史を有しながら、浄土系思想は、支那においては親鸞的な霊性直覚に到達しなかったのである。それが日本では、源信僧都から法然上人を経過するとただちに、親鸞系の思想が台頭して来るのである。そうしてこの思想は支那にもなく、インドにもなく、欧州(ユダヤ教・キリスト教)にもないのである。それで親鸞教は仏教でないとさえいわれるのである。」(鈴木大拙p143)

 「それで親鸞教は仏教でないとさえいわれるのである。」といっています。仏教とは違うと誤解されることを予想しています。インド古代の仏教とは違います。歴史的に成長変遷して当然です。古代のままとどまるのが停滞です。時代、環境が変り、仏教もふさわしく変遷したから世界宗教となったのでしょう。自己が最終的審判者(個人の世界観自己観で構想する浅い宗教)でなく、ちっぽけなエゴイズムに働く自己を超えたものがある、深い宗教になっていったのです。

 人が作った世界観であれば、叡智的自己のイデヤであり、それぞれ違いますので、我こそは真理である、最も優れた仏教であると主張します。「自分」の世界観だから、まちまちです。しかし、そのそれぞれの世界 観が生まれる根底まで探求したものが、浄土真宗の親鸞聖人、曹洞宗の道元禅師であるというのです。他の民族より勝った、日本人の優越性だというのではありません。すべての人間の絶対平等を発見した、そのような深い仏教が日本に生まれたというのです。
 立派な「自分」の世界観を構想できない職人、農民などもその深い境地になって救われたのです。梵我一如とは違います。自己はそれ自体では存在しないのです。実践論としての無我ばかりでなく、実在論(自己とは何か)としても無我となったのです。竹村氏によれば、大乗仏教にも深いところでは、「人空俱空」としているといいます。

 西田幾多郎博士は、そのことを絶対矛盾の場所的論理(板橋勇仁,2008)で説明しています。 西田哲学と鈴木禅学は、相互に補完しあっています。
ただし、私は、宗教レベルでなく、意志的自己レベル、叡智的自己レベルの実践で救済される人も多いと思います。私は宗教以前のマインドフルネスを西田哲学に学びました。宗教レベルのマインドフルネス実践も可能だと思います。概念としての自己を超えたレベルのマインドフルネス実践は、西洋でもリネハンの弁証法的行動療法が用いているようです。そのレベルは、確かに、意識される自己の評価が低い、境界性パーソナリティー障害や死の迫った人の苦悩、すなわち「ホスピスケア」には必要であると思います。
 とにかく、仏教の深いものを自己中心でなく、独断を捨てた立場からの事実を解明して、現代に活用すべてきあると思います。

 マインドフルネス瞑想療法士の育成講座では、仏教の変遷も、専門家(僧侶、学者、ほかすべての専門家)のエゴイズム、 偏見が起きるわけを説明した仏教の指摘、西田哲学の論理をも学びます。

文献:
竹村牧男(2002)『西田幾多郎と仏教』大東出版社
鈴木大拙(2010)『日本的霊性』角川文庫
板橋勇仁(2008)『歴史的現実践と西田哲学』法政大学出版局
★<目次>日本的霊性はだめか
Posted by MF総研/大田 at 22:19 | 深いマインドフルネス | この記事のURL