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実践についての偏見 [2017年04月02日(Sun)]
★発表大会=5月20日

★マインドフルネスの専門家育成講座
 「マインドフルネス瞑想療法士の資格認定」
 あと6人。1年1回開始、10カ月連続のため。

実践についての偏見

 実践、生活化を軽んじる人がいますね。理論、世界観を思索で作りあげることと、実践してえられるものとは、大きく違うものもありますよね。

 最近、頭のいい人、科学者が多いですが、実践して体得されるものを軽視、否定する傾向を見ることがあって、いったい、科学者、学者とは何なのだろうかと考えています。西田幾多郎博士は、科学、学問も、独断を捨てた立場ものであるべきだというのですが。世界に、独断と偏見が充満しているといいます。

 実践しなければ、わからない境地がある。芸術、芸能、スポーツがそうでしょう。宗教にも、そのレベルがあります。マインドフルネス精神療法もそのレベルがあります。

 たとえば、不安症/不安障害の回避を改善するエクスポージャー法は、理論は簡単に理解できますが、行動化するのは、とても大変です。マインドフルネス精神療法も、宗教も生活の中で、実践していって、ようやく体験できる境地があるようです。

 私は宗教者でも学者でもないですから、よくわかりませんが、江戸時代に深い境地を得た庶民がいて「妙好人」とよばれたそうです。世界観とか人生観などというスマートなことをいえる人ではなく、科学学問からは遠くの位置にあった庶民にもっとも深い境地が体験されたそうです。こういう現象も明らかにしてくれる学問もあります。
 地位や名誉ある人はいいですね。簡単に他を否定できる、それを認めてくれる聞き手がある。

 作家、三浦朱門氏の20年前の言葉を今も思いおこします。

 「自分の考えと矛盾する学説、自分の信条を根底からくつがえすような事実に接して、謙虚にそれを批判的に眺め、検討し、そして矛盾を解決しようとする態度が、知識人の基本的態度であろう。テキストと矛盾する現象を認めないようでは、学者とはいえないし、その種の学者を集める大学は、やがて生気を失ってゆくであろう。」
★<目次>日本的霊性はだめか
Posted by MF総研/大田 at 10:00 | エゴイズム | この記事のURL