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鈴木大拙博士の日本的霊性はだめか [2017年03月21日(Tue)]
★発表大会=5月20日

★講演会=4月2日

鈴木大拙博士の日本的霊性はだめか

  =NHKこころの時代「日本仏教のあゆみ」第6回に寄せて

 マインドフルネス瞑想療法士認定講座が終盤となり、資格認定の審議に時間をとり、 ブログを更新できません。しかし、認定証を発送できましたので、どうしてもお伝えしたいことがあります。「仏教学」という学問に疑念を持ちます。

 竹村牧男先生のテレビ放送が終わりました。再放送が土曜日です。 放送で、先生は鈴木大拙を絶賛されました。
 一方、最近、NHKから出版された本では、別の仏教の研究者から鈴木大拙を厳しく批判しておられます。私たち一般国民は、どの専門家を信じていけばいいのでしょうか。 私は西田幾多郎博士と同じく研鑽しあった鈴木大拙博士、そしてそれを賞賛される竹村牧男先生の解釈に親近感を持ちます。でも、それが別の仏教学から否定される。仏教の学問はどうなっているのでしょうか。しろうとには、わかりにくい。絶望する人は、カルトに向かうのでしょうか。
 宗教は、「みんな違ってみんないい」(金子みすゞ)ですが、学者の学問は違っていいとはすませられないような。何しろ、将来の日本をになっていく学生が真実だと思いこんでしまうでしょう。学問が違っていいですませられるのでしょうか。わからないです。
 こういう学問を見ると、それぞれ賢明な自己を残して立派な世界観をいう「私の理解する宗教」では無数に分かれて、深刻な苦悩からの救済のためには不毛な論争になるからやめようといった、道元禅師にうなづけます。道元禅師は「日本的霊性」のおひとりです。親鸞聖人の教えでは、学問的な素晴らしい世界観など考えられない学のない農民、職人が救済された人たち(鈴木大拙博士が「妙好人」と紹介)が日本にはいたとして、すべての人が救われる深い救済のありかた、それが日本に現れたので、日本的霊性として紹介されたと私は学びました。決して日本人がえらいといっているのではありません。仏教の深まりがあの時代の日本に現れた、インド中国ではここまでなかったという意味の「日本的」だと思います。現実を足場にした大地性。東西にかかわらない人間の有様です。このお二人は、西田幾多郎博士も日本的な自己否定を通しての絶対的救済の深い宗教の人としています。このお二人の言葉は、しばしば、西田哲学の論文に引用されます。

 ぜひ、テレビをご覧ください。

 鈴木大拙、西田幾多郎を批判する研究者と支持する研究者とを同じ場所で対談することをNHKは、企画していただけないでしょうか。今は、それぞれが違う舞台、違う場所で主張されていて、相手側の批判がありません。いわば、一方的に主張されています。どちらか一つだけ見た一般国民は、それを思い込まされます。対談してもらえば、主張の論点、立場の違いが見えるかもしれません。それぞれが、叡智的自己として、自己の価値観を誠実に遂行されるのですが、自己を最後の審判者(?)とするか、さらにその価値観を描く自己を超えるものの働きを認めるかそうでないか立場が違うようです。

 自己が脱落するのは、宗教的意識ですが、西田哲学はよく自己の階層を説明しています。 自己の世界観をもてる専門家は叡智的自己です。そこまでは、真の宗教ではないといいます。 今、マインドフルネスがブームですが、宗教以前のマインドフルネスでも解決できそうな問題(心の病気🄱や対人関係、非行など)が多いです。しかし、世界観などもてない自己否定の深刻な苦悩は、宗教的マインドフルネスでないと解決できないでしょう。リネハンの弁証法的行動療法はそこまでねらっているかもしれません。日本の専門家は、日本の古人が開発してくれた宝の現代人の現実問題への応用が遅れています。
 私たちは、現実に現代に効果ある実践を研究開発していきます。こんなに食い違いのある仏教、禅です。理論闘争よりも、どう実践するか。何を社会に貢献できるか。難しいですが、現代人の問題解決に有効性があるかという視点から改善を加えていきます。問題解決に無関係な理論や実践なら、私には無用です。たった一度きりの人生、ムダな時間はありません。

 西田博士は学問も宗教的であるべきだといいます。独断を捨てて見、独断を捨てて考え、独断を捨てて働く(行為する)のだといいます。

★(目次)NHK E テレビ、こころの時代「日本仏 教のあゆみ」
 ある特定の集団の立場に立たないで、根源的な人間のありのままの立場から学問をしようと する例のようです。また、ある個人の世界観の立場に立たない、すべての世界観の元の人間の事実を哲学的にと実践的に検証していく学問に見えます。

「日本的霊性」によせて
 (第6回に関連して、また、鈴木大拙の否定論の批評)
★日本的霊性はだめか
★実践についての偏見
★仏教は日本でさらに深まった
★日本人は仏教を深めたが「梵我一如」ではない
★西田哲学と鈴木禅学は互いに補完
★真理の階層性
★日本的霊性の特徴・自他不二の哲学
★宗教観さえもが役に立たないほどに自己否定のところ
★真理の階層性
★大乗仏教にも道元禅師にも深い部分がある
★自己を超えた根源において自己が成立
三浦朱門氏、学問を批判、今も同じ。

★創造的世界の創造的要素、作られたものから作るものへ
★鈴木大拙博士は「誤りを犯した人」か「偉大な禅哲学者」
★あなたの組織には言論、学問の自由がありますか
★あなたの組織には言論、学問の自由がありますか
 (2)専門家のエゴイズム、パワーハラスメント
★ 日本の深いマインドフルネス
★マインドフルネスの垂直展開と水平展開
★ ポイエシス、プラクシス
=表面では家族社会のために働き、内面は自己を成長させる
★ 中国の禅にも日本の禅にも自己根源は言語を絶する体験があった
★ 生物学者の福岡伸一氏/西田哲学
★ 言語を超える根底
★ 西田哲学・鈴木禅学の証明(2)
★科学では自分を解明できない
★初期仏教は他者を救済しない理論
 =そこを批判する大乗仏教の哲学
★偉大な仏教学者・鈴木大拙の本がまた

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2599
★NHK で鈴木大拙の紹介(1)
https://blog.canpan.info/jitou/archive/2600
★NHK で鈴木大拙の紹介(2)
Posted by MF総研/大田 at 19:35 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL