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謹賀新年 [2016年01月01日(Fri)]

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。
 昨年はたくさんのかたにご訪問いただきまして、ありがとうございました。
 「今年もいい年でありますように」(幸福だった人)
 「今年はいい年でありますように」(不幸だった人)
 毎年、元旦になると宮沢賢治を思うことにしています。 自分の家族だけが幸福ではだめだ、自分の周囲の世界が全体幸福でないといけない。
 昨年(2015)、年初は<ブログ>を更新していません。病気であったことを思い出しました。<ブログ>も更新できなく。
 2014年はこんなことを言っています。

宮沢賢治のこと(1/1/2014)

 今、西田哲学のさらに深い自己探求をみなさんに実践していただくことを考えています。西田幾多郎は「不幸」と「宗教心」についてこんなことをいっています。
    「自己がいったん極度の不幸にでも陥った場合、自己の心の奥底から、いわゆる宗教心なるものの湧き上がるのを感ぜないものはないであろう。 宗教は心霊上の事実である。哲学者が自己の体系の上から宗教を捏造すべきではない。・・・・ 真の体験は宗教家の事である。」(「場所的論理と宗教的世界観」旧全集11巻371頁)

     (西田幾多郎はいったのです。哲学者ばかりでなく、宗教者までもが、浅い宗教観を捏造することが起きていたのです。あれから70年、真に絶対者と対決した宗教者、哲学者が現れたでしょうか。少数のかたがおられることを知っています。)
 うつ病になると「不幸」です。これが治ると「幸福」です。私もそうでした。1985年頃、うつ病になり仕事ができず、自死が迫る、実に「不幸」でした。 1年の坐禅で回復し、それでも飽き足らず徹底的に坐禅してこれでうつ病が治ることを確信し、93年からうつ病を治す坐禅を応用した心理療法として始めました。途中から「マインドフルネス」という名称に変えました。説明が論理的になったのですが、体験的実践的には内実はあまり変わっていません。

 不幸だと思う人が多勢いらっしゃいます。意志作用の問題よりも深い苦があります。「自己存在の苦」をかかえた人が多いはずです。 自己存在の死、自己存在の嫌悪、自己存在の出処・居場所、自己存在のゆくえ、家族でさえも憎んでいる自己の不幸、人生の意味、・・・。
 これに関連するテーマの本が数冊ベストセラーになっているのをみてもそうです。

 宗教は体験により、こういうことに応えてくれるはずと西田哲学はいう。西田哲学は解決の方向を説明している。しかし、「真の体験は宗教家の事である」という。
 宮沢賢治はこういっています。
    「自我の意識は個人から集 団社会宇宙と次第に進化する この方向は古い聖者の踏みまた教へた道 ではないか 新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行く ことである
 「古い聖者の踏みまた教へた」人がいたというのです。古人が教えてくれたのです。 道元禅師、親鸞上人、内村鑑三も?、西田幾多郎、鈴木大拙・・・。宮沢賢治は、「直観」というので、西田幾多郎の哲学書を読んだでしょう。
 「新たな時代」を夢みた賢治。「銀河系を自らの中に」。一作年みた童話の一節を考慮しても、ここでいう「銀河系」は外に対象的に思いやるというのではなくて、 賢治は「銀河系宇宙」を、自己の根底にみる方向を示したのだろうと思います。日本には深い哲学を持つ芸術家、宗教家、一般庶民(妙好人のように)がたくさんいました。根本的に「幸福」になる道を示してくれていると思います。希望があります。これがあるだけでも日本人は「幸福」です。
 賢治がいうことも西田哲学が説明しているものだという気がします。それにしても難しいです。今年も、西田哲学と格闘していきます。
 皆さまのご幸福をお祈りいたします。
Posted by MF総研/大田 at 08:11 | 私たち | この記事のURL