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マインドフルネスの段階(2) [2014年11月30日(Sun)]
今日は、日本マインドフルライフ協会の定例会です。清澄庭園にある大正記念館です。 午後1時30分からです。今回の講師は演出家の瀬戸嶋充さんです。 申し込みされていないかたもご参加ください。
参加費は、正会員でないかたは2000円です。

マインドフルネスの段階
 大乗仏教の修行の階位=「大智度論」の10段階の深まり

 マインドフルネスは、ジョン・カバット・ジンのMBSR、 ACTでも、リネハンの弁証法的行動療法でも、自己の見方が深まっていくといっていますね。 もちろん、その源流の仏教実践、襌でも深まりがあります。 ただ、仏教書を読むだけではそういう深まりはありません。マインドフルネス、瞑想、坐禅の実 践をすると、深まっていくのです。仏教では、こうした実践者の心境の深まりを「階位」と言います。深まりの段階です。
 マインドフルネスも瞑想実践をしますので、自分の見方が深まっていく人があります。前もって 階位を知っておくと、自分の乗った乗物がどこまで行けるのかわかり、途中下車するかどこまでも乗りつづけるか判断できます。また、不思議なことが起きたが何だろうということがなくなります。カルトへの誘い にものらなくなるでしょう。瞑想は構成員を束縛抑圧するカルトにも用いられます。
 井筒俊彦の襌の瞑想の深まりの説明を見る前に、比較の意味や井筒の説明を理解しやすい ように、インド大乗仏教の段階(階位)を見ています。西田哲学では、判断的自己、知的自己、 意志的自己、叡智的自己、人格的自己と深くなるといいます。
 「大智度論」は、龍樹による摩訶般若波羅蜜経(大品)の注釈書です。 インド大乗仏教の初期の般若経による4種の菩薩を龍樹の解釈でみましたが、10段階に区分す る説明もあります。 「大智度論」において十段階の階梯も記述されていて、二種の説明がありま す。但菩薩地(大乗仏独自の階位)と共菩薩地(大小共通の階位)です。ここでは、大乗独自の 階位を見ます。

「大智度論」による10段階

  「大智度論」で但菩薩地は、歓喜地より法雲地に至る十地があり、これは大乗独自の十地説 です。その10段階とは、歓喜地、離垢地、有光地、増曜地、難勝地、現在地、深入地、不動地 、善根地、法雲地です。この段階は、十地経の中に説かれているといいます。 歓喜地より法雲地に至るまで皆な菩薩地です。すなわち、「仏」ではない、修行が完成していな い。十地経によれば、八地の菩薩は、無生法忍を得ていて、無功用の智慧を得ているとします。
 歓喜地より始まる十地では、「七地と八地との間には、質的な違いがある」。十地経より後に成 立した華厳経では「無生法忍を成就すれば、即時に第八地の不動地に入る」から、大乗仏教の 場合、無生法忍が大きな転機です。初期仏教の説一切有部の場合、「見道」を大きな転機のよ うにいうが、知解による浅い段階です。
 「大智度論」では、菩薩は、不退転菩薩になった後、一生補処菩薩となって、金剛喩三昧を得 てやっと仏になります。  以上の四種菩薩と十地をみれば、その両者の関係はおおよそ次のとおりとなります。  新発意菩薩は第一歓喜地、久発意菩薩は第二地から七地まで、不退転菩薩は第八、九地で す。第十地が、一生補処菩薩です。なお、菩薩であり、仏ではありません。

 無生法忍が、井筒俊彦がいう絶対無分節の体験でしょう。 西田哲学では、無生法忍の体験 が絶対無の体験にあたるようです。叡智的自己が 無生法忍を体験する前、無生法忍を体験すると、人格的自己になるということでしょう。
 無生法忍、絶対無、絶対無分節の体験を境目にして大きな変化があります。この前までは、 論理的な説明で理解できるので、「宗教的」でないといってもいいのです。ただし、 無生法忍を得るまでには、長い期間かかります。個人によりますが、3年で達する人もいれば、5年、10年、30年かける人もいます。
 無生法忍で、無我、無分節、無評価、無善悪を体験するので、もう言葉で理解できるものではありません。だから、昔から、仏教書、襌書の解釈がまちまちになっているのです。
 マインドフルネスは、仏教の瞑想の仕方です。意志的自己レベルのマインドフルネスでも、 現代のさまざまな社会問題の解決の支援ができると思います。ただし、もっと深いマインドフルネスでないと、救済されていない問題もあります。仕事、家族関係では、意志的自己であって、悩みがないようにはたからはみられている。すなわち、表面的マインドフルネス、形式的マインドフルネスは実践できているが、常に自己不全感にみまわれていて、心底人生をこれでいいとは思えていない人がいいる。根底に自己嫌悪がある、自己の罪の意識がある、死の不安があるなど深刻な悩みを持つ人も多いでしょう。

人格的自己のマインドフルネスへ
Posted by MF総研/大田 at 08:13 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL