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宗教でないマインドフルネスと宗教的問題を扱うマインドフルネス [2014年11月25日(Tue)]

宗教でないマインドフルネスと宗教的問題を扱うマインドフルネス

 今、人格的自己レベルのSIMTの背景を考察しています。ここは、宗教的問題をあつかうマインドフルネスになります。

 マインドフルネスは、自己の心理現象、意識現象の新しい見方をトレーニングしますが、 浅い感覚レベルから、自己存在そのものまであります。何か身体症状がある、心の病気がある、社会で質の高い職務を遂行したいが暗礁にのりあげているとか、自己存在の嫌悪、死滅などの苦悩があります。低い自己評価(自己嫌悪、暴力犯罪の被害者など)、自分の死ということは宗教的レベルの問題でしょう。ここを扱うのが、宗教的レベルのマインドフルネス、人格的自己レベルのSIMTになります。

 何回か述べました。例えば、次の記事です。  マインドフルネスは、みな、哲学から生まれた実践です。 ジョン・カバット・ジン氏のMBSRは、東洋哲学、仏教の哲学、特に道元の哲学のようです。 MBSRを応用したMBCTも同じということになります。 アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)は、西洋哲学の「行動分析学」であるといっています。宗教的哲学に深いりせず、形式的に初期仏教のビバッサナー瞑想を応用したものもあります。
 日本の自己洞察瞑想療法(SIMT)は、東洋哲学、特に西田哲学です。 浅い意識現象から最も深い意識現象である自覚的直観(認識論的)、そして最も深い自己(存在論的)を記述しています。こういう哲学の理論を社会的問題の解決に貢献できる実践的手法を開発しようとしているのが、「現代のマインドフルネス」であるといえます。

 時代、環境、問題、にない手(*)が違いますので、釈尊のマインドフルネス、初期仏教教団のもの、大乗仏教、日本の襌そのものをそのまま実践はできません。現代人はそのままでは実践できませんでした。宗教教団の実践に行く人は少なくなりました。現代人にはその魅力を感じないのでしょう。だから、昔のそのままの「宗教的マインドフルネス」から、現代人の問題解決のための現代人が実践できる「社会的マインドフルネス」へです。
    (*)にない手は、初期仏教教団、鎌倉時代の道元禅師のものは、家族、職業を持たない(あるいは家族、職業を捨てる)専門の出家でした。元の家族との接触が制限される大変厳しいものです。 そういう中で、深い仏道の修行をしたものです。家族も職業も捨てられない現代人には、難しい厳しい生活、実践が求められています。
 マインドフルネスを活用したいという専門家は、こうしたことを理解して、どのマインドフルネスを用いるかを検討できます。西洋哲学、東洋哲学、哲学を気にしない、また、深さの程度を選択できます。
 意志的自己レベルの自己洞察瞑想療法(SIMT)は、まったく宗教ではありません。 浅い段階の意志的自己レベルです。この段階のマインドフルネスで、うつ病、不安症/不安障害などが改善することが明確になりました。 それを他の領域に活用しようというのが「SIMTの 水平展開」です。

Posted by MF総研/大田 at 07:08 | 新しい心理療法 | この記事のURL