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海外の紹介、持ち込み, 「本場」のふんどしで相撲をとらせてもらう人文科学 [2014年11月02日(Sun)]

日本の人文社会科学系の学問

 =海外のものを紹介、持ち込み、 「本場」のふんどしで相撲をとらせてもらっている

   「日本の人文社会科学系の学問は基本的に西洋から導入された輸入 学問です。だからどうしてもアメリカ、ヨーロッパが「本場」であって、日本 の学者はそれを紹介したり、持ち込んだり、「本場」のふんどしで相撲を とらせてもらっているのです。」(佐伯啓思『西田幾多郎ー無私の思想と 日本人』新潮社、p18)

 以下、「権威」を得るために海外からの招待者には大枚が支払われる 、 「欧米あたりの著名な学者を呼んできてシンポジウム」「ますます 「本場」の亜流になってしまう」、 「「奴隷根性」というべきものこそが大きな問題なのではないでしょうか。」 「西洋の言葉は、それが内包する意味は日本やアメリカや・・・ではまっ たく違うのです。」などが続きます。

 とすれば、日本人の悲しみ、苦しみは、日本で生まれて日本語で生ま れたものが日本人の心にひびくのでしょう。 特に、自分というとても大切な哲学、死後があるのかないのかということ、 日本人は道元、親鸞の昔から真剣に探求してきました。己事究明といい ました。がん患者が告知後、1年以内に自殺する、しなくても、 長期間、悩み続ける、この自己とは何か、なぜ「私」なのかの問題そのも のです。外国からの輸入で解決できる問題ではないでしょう。いや、外国には日本人の死生観を満足させてくれる実践的哲学は、襌、親鸞、西田幾多郎のようなものはないでしょう。

 ジョン・カバット・ジン氏のマインドフルネスはジン氏がいうように、道元から生まれたもの、 日本が「本場」であるはずです。日本語を生み、日本語の文化を創ってきた日本人の心の問題は、 日本に生まれた思想哲学でなければ根本的に解決しないでしょう。がん患者さんの苦しみがまさにそれを示しているのではないでしょうか。がんだと言われました、どうして生きていったらいいのですか、死後があるのですか・・・、欧米のものではなくて、あなた自身の言葉で語ってくださいと。

 マインドフルネスの一部は、東南アジアのものも輸入しようとしています。それも、アメリカのマインドフルネス者が活用したからでしょう。初期仏教は、大乗仏教から批判され、そして日本人は大乗仏教をもそのままでは受け入れず、道元、親鸞の深いものになりました。 それが、ずっと背景になって日本人が日本文化を作り、この日本を作り生きてきたのです。西田幾多郎が論理的に明らかにして、その後の後継者がさらに深めてくれています。V・E・フランクルが「一人類教」といったものだろうから、西洋の深いものと通じますが広く理解されてはいないようです。 人間が存在し続ければ、この東洋哲学の深さを認める哲学者が西洋にも現れるでしょう。しかし、 現実社会には、暴力、闘争、殺戮、差別はなくならないでしょう。他者がすぐれているからそれに従い受け入れましょう、とはならないのが人間のエゴイズムです。みな、自分のプライド、立場、収入源が一番大切です。ほかのものがすぐれていると認めようとすると、心が不安定になるので、他者のすぐれたものを認めることはできません。

 せめて、日本人の祖先が営々とはぐくんできた、日本独自の個性的なマインドフルネス、宗教や哲学の名と形をしたものを捨てずに大切にしたいものです。 日本の言葉を語り、日本の風土、日本の文化の中で生きている日本人のためのマインドフルネスはまだ完成していません。いや、始まってもいません。 本場のマインドフルネスとは、道元や西田幾多郎の指摘したところです。この深いレベルで、しかも実践まであるのは、日本の宗教、哲学です。
 人格的自己 のマインドフルネスが本場のマインドフルネスです。いかに生きるか、どこから来てどこへいくのか、自己評価、死、差別、人格などにかかわることですから。まず、 モデル形を創ること、そして、その応用、水平展開は無限の活動です。 日本人にしかできないマインドフルネスが無尽蔵にありそうです。
【目次】佐伯啓思「西田幾多郎」より
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3034
★日本の人文社会科学系の学問=海外のものを紹介、持ち込み
「本場」のふんどしで相撲をとらせてもらっている

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3035
★著名な学者を呼んでシンポジウム、自前の思考が衰弱

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3029

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3209

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3210
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  • V・E・フランクルが学問におけるエゴイズムを批判
  • <目次>人格的自己のマインドフルネスへ
  • Posted by MF総研/大田 at 05:49 | 新しい心理療法 | この記事のURL