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真正面から実践的に取りくんだ襌 [2014年10月23日(Thu)]

真正面から実践的に取りくんだ襌

 仏教にも、西洋哲学にも深いものがある。 マインドフルネスにもそれぞれ哲学がある。 仏教は縁起で苦や苦の解決を説明する。ただ、苦悩する人が実践をして、もっとも深い縁起を体 得して苦から解放されてきているかというと、どうも理論にとまっているのが多いようである。そうい う中で、実践があったのが襌である。東西の哲学をみた哲学者井筒俊彦はそういう。

 「「本質」ぬきの分節世界の成立を正当化するためにこそ、仏教は縁起を説くのだ。だが縁起の 理論は、理論的にはいかに精緻を極めたものであっても、実践的にはなんとなくもの足りないとこ ろがなくはない。この現実の世界でわれわれが実際に交渉する事物には、縁起の理論だけでは 説明しきれないような手ごたえがあるからだ。 大乗仏教の数ある流派の中で、この問題に真正面から、実践的に取り組もうとしたのが襌である 、と私は思う。」(井筒俊彦『意識と本質』岩波書店、p25)、

 承知のように、マインドフルネスはアメリカのものも、日本のものも実践を伴う。哲学もある。 理論、思想、哲学を思惟のみで扱わず、実践が伴う。 だから、自分を実践的に知るということは、全くの無から作るよりも、やはり存在した襌を参考にす ればいい。ただ、襌が深いものに実践的に導くとはいっても、従来の襌の方法では、現代、その流派 の外 の一般の人ができず、社会問題の解決の援助には用いにくいところがある。マインドフルネスのような新しい手法の研 究開発が必要である。
Posted by MF総研/大田 at 16:37 | 新しい心理療法 | この記事のURL