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高史明さん・自殺、自分がわからない、善悪を思わない仏教について語る [2014年09月11日(Thu)]
9月13日、10月11日、マインド フルネスの実習の説明会があります。
 みんな、うつ病、自殺防止について勉強し、マインドフルネスの心のトレーニングをしましょう。
 成功していた人が、何かの出来事によって自殺されることがよくあります。 うつ病になっておられるのです。叡智的自己で生活しましょう。 職場の人、家族みんな、うつ病、自殺に至る病気、予防できるマイン ドフルネス実践を知っていただきたいです。

★日本マインドフルネス精神療法協会
10月から、マインドフ ルネス心理療法(SIMT、自己洞察瞑想療法)の支援者育成講座、受 付中。
日本で唯一のうつ病を改善する援助をする心理療法の専門家の育成講座。今回から回数を延長して セラピーを越えた 叡智的自己レベルのSIMTの入門実践も加えます。
感情、ストレスが焦点となるさまざまな領域に応用できるはずです。

★新刊『 不安、ストレスが消える心の鍛え方――マインドフルネス入門』(清流 出版)が発売になりました。1冊目で、分量が多すぎて収容できなかったうつ病のマインドフル ネス心理療法の「理論」とその先のもっと深い叡智的自己レベルのマインドフルネスをご紹介してい ます。1冊目は、うつ病を改善するほどの意志的自己レベルのマインドフルネスの理論抜きで、「手法の詳細」です。

高史明さんと金光さんの対談(1)
 =自殺、自分がわからない、仏教について語る

 9月7日、NHK Eテレビで、作家高史明さんと金光寿郎さんの対談を放映しました。再放送でした。 高さんは、1975年、『生きることの意味』で日本児童文学者協会賞、産経児童出版文化賞を受賞したが、その年、一人息子が12歳で自殺なさったという。10日が、世界自殺予防デイであるために、NHKはこれをとりあげたのでしょう。

 高さんはその後、親鸞上人の信仰に入りました。この対談での言葉は、さまざまな「ことば」がさまざまな「意味」をもっていました。V・E・フランクルは、人生から「意味」を問われているといったのですが、 この放送の中には、無限の「意味」が見えました。 自分がわからない、そこからの苦悩、自殺、善悪は、マインドフルネスに通じます。親鸞上人の教えは仏教ですが、マインドフルネスの要素がたくさんあります。

 マインドフルネスは、ジョン・カバット・ジン氏がいったように、仏教としての襌、東洋哲学、仏教から意味をみつけて、開発されたマインドフルネスストレス緩和プログラムから始まりました。私は、襌と西田哲学と脳神経生理学に意味を見出しました。

 西田幾多郎は、襌と親鸞上人の教えは根底で同じであると哲学的に説明しています。となると、カバット・ジン、道元禅師、親鸞上人には、 同じものがあるということです。マインドフルネスの視点からもそう言えます。 親鸞上人の教えからも、現代の社会的マインドフルネスを構築できるでしょう。そういう意味を読み取る僧侶の方がおられるでしょう。

 意味は、客観、対象界、世界の中に見るもので対象的、ノエマ的です。自分の行動をそそのかすノエシス的な価値となるべきもののことと言えます。他人は同じことをみても、きいても何も意味、価値を見出して行動を起さなくても、他の人は、その言葉を聞いて、自分の一生かけて行動する価値とするのです。

 このテレビを見て、意味を読み取り、人生の価値とすべき行動をとるひとが現れますように、祈ります。人によって、意味のとりかたが違います。この放送を見て、 何の意味も読まない人(自分の生涯かけてする行動には結びつかなかった人)もいれば、 価値実現への行動にはいる人もいるでしょう。 子どもの自殺防止の活動にはいる人、浄土真宗の教えを受けたいと行動を起す人、マインドフルネスの活動に移る人、がん患者の苦の支援活動に入る人、第2世代の認知療法を捨てて第3世代のマインドフルネス心理療法へ行動を移す人、・・・、もっと多数の人生価値への行動をそそのかされた人が多いだろうと思います。

 (親鸞上人の教えは「善悪」を言わないの教えのようです。認知療法は思考内容の善悪を問題にする心理療法であり、 マインドフルネス心理療法(自己洞察瞑想療法SIMT)は、思考の内容の善悪を問題にせずそれ超えた意志作用、さらに行為的直観へと導き、それらを起す「自己」とは何かを「瞑想」と「行動時自己洞察」を通じて探求するものといえるでしょう。 )

 西田哲学がいう、絶対に対象にならない自己の根底は、善悪の評価以前のこと、もっとも奥の真の自己とされます。そうした深いものを説くものは、親鸞上人、道元禅師、カバット・ジン氏(根底は「全体性」)、西田幾多郎、鈴木大拙などがいうものと同じところから生じているものと思われます。 同じものが、仏教と言われていたのですが、今は「マインドフルネス」と言われているのです。 違うのは、特定の研究者の解釈を絶対視せずに宗教原理主義的にならないようにしながら、社会的マインドフルネス、さまざまな現代人の問題の解決をめざすものということでしょう。


★上記の続き
Posted by MF総研/大田 at 05:55 | 自殺防止対策 | この記事のURL