叡智的自己は無限の喜こび [2014年09月02日(Tue)]
叡智的自己は無限の喜こび
ところが、見られたもの(ノエマ)から、圧迫されたように意識される時に、悲、苦痛となります。 これは叡智的自己ではなく、意識的自己です。意志的自己もこれにおちいりやすい。客観と自己が別々で、客観が自己に不満です、苦痛です。
私たちは、うつ病になったり、苦痛を感じる場合、衝動的自己であり、意志的自己の生活もできなくなっているのです。 まず、意志的自己になることが大切です。西田幾多郎によれば、多くの人が、叡智的自己ではなく、意志的自己です。意志的自己と意志的自己のまじわりです。そして、意志的自己はいつかストレスや大きな出来事があったとき、あるいは失うことの多い高齢になった時に、 衝動的自己になるおそれがあります。だから、深いマインドフルネスの実践が必要な理由があります。 順調であった人がうつ病になることがあります。ものごとを自分と対立し圧迫すると対象的にみる二元観であるためです。世界を自分の価値実現の世界とみる叡智的自己の哲学を知り、それに向かってのマインドフルネスの実践をおすすめしたいのです。特に、高齢になれば、みな、 失うものが多いので、危機的です。 すべての人が叡智的自己になるのがいいのです。マインドフルネスは、かなり深いものまであります。感覚レベルから思考レベル、意志的レベル、さらに叡智的自己、人格的自己レベルまであります。 まず、意志的自己レベルのマインドフルネスで、意志作用ということを行動的に体得します。 そして、対象的な自我を捨てて、世界を自己の中に見るという一元観の「直観」で生活していく、奥底に自己があるので対象的な自己はみないという叡智的自己の実践をするのです。 さて、叡智的自己は、喜こびの自己ですが、独断的です。自分の領域の外の苦悩が見えません。世界の立場に立てないのです。もっと深いのが人格的自己です。 【参考記事】 https://blog.canpan.info/jitou/archive/3350 ★各人が各人の世界に住む(叡智的世界) https://blog.canpan.info/jitou/archive/2768 ★叡智的自己 https://blog.canpan.info/jitou/archive/2787 ★専門家はエゴイズムになりやすい https://blog.canpan.info/jitou/archive/2393 https://blog.canpan.info/jitou/archive/4630 ★専門家の我執=自分の説、行為の批判を許さない、革新説者を排除。 |
Posted by
MF総研/大田
at 12:13
| 深いマインドフルネス
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