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マインドフルネスを推進するのは誰か(10) [2014年07月26日(Sat)]
★新刊『 不安、ストレスが消える心の鍛え方――マインドフルネス入門』(清流出版)が発売になりました。1冊目で、分量が多すぎて収容できなかったうつ病のマインドフルネス心理療法の「理論」とその先のもっと深いマインドフルネスをご紹介しています。1冊目は、理論抜きで「手法の詳細」です。

昨年発売の本『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』(佼成出版社)が、 第3刷になります!!
静かにロングセラーになりました。ありがとうございます。

マインドフルネスを推進するのは誰か(10)

 =(10)宗教組織もマインドフルネスへ変革が

 宗教そのままでは、マインドフルネスではないので、医師、心理士などがやろうとしているのは、 従来の宗教実践そのままではありえません。マインドフルネスは、それぞれの問題の心理現象、意識現象に応じて工夫されていて、同じではありません。宗教の方法も工夫しないとマインドフルネスにはなりません。

 日本に仏教、襌、真宗など長くありました。しかし、今、マインドフルネスの流れが救済支援している社会問題に、従来の仏教は貢献できませんでした。これはまぎれもない現実です。 襌で念仏で「うつ病が治ります」という理論を打ち出せない、また、再現性があるほど多数の援助をしている宗教者はほとんど報告されていません。

 しかし、仏教は無限の可能性を秘めています。宗教組織がこれまで大切にしてきた共通の目標を究極としてもいいから、その途中に各僧侶が暫定的に個性的な(ある人はうつ病、ある人は不登校、がん患者さんのため)目標を設定して、在家を救済支援する活動を許されればマインドフルネスの大きな推進母体になります。これまでは、何か現世でのご利益、現実的な目標をいうと、宗祖の仏道はそんなものではないと異端視されたかもしれません。でも、 それでは宗門は社会からはさまざまなサービスを受けているのに、社会には何もおかえししないことになっていませんか。それで、社会内存在である組織がいつまでも存続できるでしょうか。西田幾多郎は、人は創造的世界の創造的要素であると言います。宗教者は社会に何を創造するのでしょうか。
 僧侶の何割かが、個性的な目的をかかげての支援活動を行うことを奨励されれば、若手の宗教者が意欲的にマインドフルネスにとりくめるのではないでしょうか。

 マインドフルネスを推進するのは誰かです。若手の宗教者も参画していただきたいと思うのです。

 そのためには、従来の宗教的教授法では言葉での説明がなく、クライエントにわからず、マインドフルネスではないので、マインドフルネスの方法や社会問題を学ぶ必要があります。
 ひとつは、問題の構造を学ぶ必要があります。たとえば、うつ病とは何か、虐待とは何か、不登校とはなにか、専門家並の知識を学ぶことです。深い専門的知識がないと、自分の手法が治せる可能性があるかどうかわからないし、クライエントの苦が理解されていないからです。ある宗教者は「衆生を忘れるな」と何度も繰返しておられます。僧院の中だけを見ているのではなく、外の一般の庶民は何を苦しんでいるのか現実を見ることを忘れないようにということではないでしょうか。
 第2に、マインドフルネス者は、その問題にどのような手法を活用しているかを学ぶことです。ここで、ギャップがないことを知らなければなりません。心臓病に効く医療法が腰痛に効かないように、治療者は問題と治療法にギャップがないことを理解しておく必要があります。
 第3に、では、自らの宗門の方法がマインドフルネスになりえるかを検討することです。まず、宗祖の教えを再度、見直しして、マインドフルネスと類似の思想がないか検討して、あれば「理論」的根拠とする。次に、宗祖の教えの実践の中に、マインドフルネスと類似の実践がないかどうかを検討することです。
 第4に、これらを綜合して、ある個性的な目標(たとえばうつ病、たとえば、がん患者さんの支援)について、新しいマインドフルネスとして体系化するのです。わが宗門から見た病理の理論、改善する理論、改善のための手法です。
 第5に、机上論ではいけませんので、実際の臨床試験が必要です。理論が本当に効果があるかどうか検証することです。エビデンスを得ることです。エビデンスを得る実践がないといけません。机上論でないこと、実践して効果があること(エビデンス)を確認しなければ、現代の社会的マインドフルネスになりません。社会的マインドフルネスは、宗祖の究極の宗教ではないのですから。クライエントの了解を得て、臨床的に試してもらい、効果があるかどうか確認するのです。エビデンスを得る、もっと効果が高い方法を考える、こうして、改良を加えていく。

 そうすると、その宗教の宗祖の教えの究極ではないものの、現実の問題改善の支援ができます。 こういうことで救われた人が、宗祖の究極の教えを求めて、信者や出家になるかもしれません。

 私は宗教の宣伝をしているように見えますが、いいのではありませんか。 日本の教団は、悪いことをしない組織であると信頼されています。カルト(人権を抑圧する反社会的集団)ではないと信頼されています。 自殺しないですんだ人が、誠実な宗教の信者や僧侶になっていくことは社会にとっていいことだと思います。 とにかく、檀家信者、無縁の人に自殺されることだけは防止したいのです。反対者はいないでしょう。

 ただし、うつ病(その他の問題も)に詳しくなかった宗教者がこれからマインドフルネスで援助活動をするのは大変です。その領域のことを深く勉強しなければなりません。簡単ではありません。うつ病のことをよく勉強しないマインドフルネス者が、自分の方法にさそってはよくないでしょう。指導がまずいと自殺なさるかもしれません。
 一方、その領域の専門家(医師、看護師、NPOなど)ならば、その領域のことは詳しいのですから、あとは、マインドフルネスを学習するだけです。
 瞑想専門家およびマインドフルネスの研究者が社会問題を学習する方向へ、社会問題の専門家が瞑想(マインドフルネス)を学習する方向へ、と2種の人材があります。 どちらも簡単ではないので、日本では、瞑想の専門家、マインドフルネスの研究者は多いが、現場の臨床マインドフルネス者が実に少ないのです。もう、現場の臨床をすすめていくべき時です。社会問題が多発していますから。

 こうして、宗教の僧侶ではない、ジョン・カバット・ジンや他の医者がマインドフルネス瞑想をプラスすることを始めたのです。

★マインドフルネスを推進するのは誰か

Posted by MF総研/大田 at 11:32 | 新しい心理療法 | この記事のURL