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マインドフルネスを推進するのは誰か(3) [2014年07月07日(Mon)]
『 不安、ストレスが消える心の鍛え方  マインドフルネス入門(清流出版) が出版されます。
★7月20日(日)記念の講演を行います。
★10月からマインドフルネス心理相談員の育成講座です。マインドフルネス心理療法(SIMT)によりうつ病などを治すことができ、他の問題領域にも、本当に使えるマインドフルネスです。 さらに深いマインドフルネスへの入門です。日本文化の根底に流れる絶対無、東洋的無、日本的霊性への入門です。

マインドフルネスを推進するのは誰か

(3)仏教が現実苦を救済できなくなった歴史

 元来、仏教は「苦しみ」の解決のためでした。ところが、現代の仏教は、マインドフルネス心理療法が適用されるような領域に貢献してきませんでした。 長い歴史があります。

 苦悩の臨床支援は大変なのです。「死にたい、死にたい」という人を長期間(最低1年)ケアし続ける、電車に乗れない広場恐怖症の人が実際に乗れるまで(これも最低1年はかかる)援助し続ける実際の言葉行動による支援行動は大変なのです。机上論が役に立たない場面ばかりです。 しかし、直接対面の援助をする人がいなければ、庶民(大乗仏教では衆生といいました) の苦悩は解決しません。

1)文献研究が重視されて、直接庶民に対面援助することを軽視した (専門家の苦悩する人との対面が苦手・好きではないという資質、文献研究の方が好きとい人生価値の選択、文献によって理解したものを説法することが得意な人を重視する組織の価値観の倒錯、慈悲実践こそ大切という趣旨が失われた)

2)絶対無(大乗仏教は仏性といった、鈴木大拙は日本的霊性、久松真一は東洋的無といった)のような人間の根源の深いものが失われて、浅い解釈、浅い実践となり、深刻な苦悩を解決援助できるひとがいなくなった。

3)初期仏教は大乗仏教に、哲学的に浅く、また、自分だけの幸福を求めて他者救済をしないと批判されたが、その大乗仏教もまた、時代が変わると救済を行わなくなった。実践的に深いものを体得できる人が少なくなり、思想的に浅く解釈する論者が台頭するようになり、実践しない専門家の文献研究が中心となり、結果として庶民の深い苦悩を援助できない悪循環になった。

 これは、現代のマインドフルネス心理療法も繰返されるおそれがあります。 人間の本質だからです。人間は自分の好きなこと=人生価値=しかしない。文献研究が好き、 深いものをどこまでも探求するのが好き、他者救済をすることが好き、地位名声を得るのが好き、金儲けの道具にするのが好き、・・・、個人によって好き嫌いがあり、自分の好きなことを人生の価値とする、使える時間限られているので、それ以外のことはできない、これがこれからも永遠に変わらない人間の本質です。

 「マインドフルネス」を口にする人も、温度差が天地の差であります。「マインドフルネス」を口にする人も、心の病気で苦悩する人に直接対面することが苦手、好きではない人も多い。そうなると、実際の適用がされない(臨床試験を行わないに等しい)で、文献だけの机上論になり、仏教が歩んだ歴史を繰返すことになります。迷惑するのは、クライエント、患者です。

 しかし、マインドフルネス心理療法は、感覚、思考、感情のレベルではないので、どうしても 意志作用レベル、叡智的直観レベルの実践行動がないとマインドフルネスではないのです。思考されたものはマインドフルネスではないのです。仏教経典には深い実践哲学があるのに、それが実践的行動にならない、同じようになってしまいます。

 どうしたらいいのでしょうか。本当に苦しい問題をかかえている人に、直接対面の援助をするのが好きな人、それを人生価値、職業としている人、ボランティア活動で真剣にしている人がいます。一生懸命にカウンセリングし、助言しているのに治せないで、自分でも申し訳なく思い困っている支援の現場にいる職業専門家、ボランティア活動の専門家が多いはずです。精神科医、精神看護師、理学療法士、心理士、カウンセラー、民生委員、子育て中の母の援助、暴力、虐待、パーソナリティ障害、犯罪更生、高齢者の孤独自殺、こどもの不登校、がん患者さんの支援をなさっておられる支援者・・・。 そのような人たちにマインドフルネスを臨床的に使ってもらうことです。臨床を通じてしかマインドフルネスの発展はありません。 考えられたものと、行動されることとは別なのです。自分で満足するレベルと他者の苦悩レベルは違うのです。自己満足する支援者、宗教者が多く、クライエントの苦悩は解決しません。 マインドフルネスは、認知レベル、思考レベル、文献による理解レベルではなく、意志作用レベル、行動レベル、直観レベルだからです。とにかく、 現場の人が実際に使う、臨床がされないと、文献だけ、研究者だけとなり、現実の深い苦にあえぐ人に直接援助する人がなく、仏教と同じ歴史をたどります。経典のような書物だけがあふれて、生きた救済実践者がいない状況になります。
マインドフルネスを推進するのは誰か
参考
Posted by MF総研/大田 at 07:09 | 新しい心理療法 | この記事のURL