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日本マインドフルライフ協会の拡大定例(10) [2014年01月24日(Fri)]

日本マインドフルライフ協会の拡大定例(10)

 私の発表は、「うつ病・不安障害を治すマインドフルネ ス 」という題でした。 内容は、3つの部分からなります。
    1)うつ病・不安障害を治すマインドフルネス 
    2)マインドフルネスとは
    3)私のマインドフルライフとは

3)私のマインドフルライフとは(6)

 発表した内容ではありませんが、東洋的なマインドフルネスの可能性の全体像にかかわ ることを考察しています。
 さまざまな深さのマインドフルネスの可能性を考察しました。 そこで、もう一度、リネハンの弁証法的行動療法の「マインドフルネス」の定義を考えてみま す。  リネハンは、マインドフルネスをこう定義しています。

 「どのように(how)スキル」は、
    (1)無評価的になること、あるいは
      正しいー誤り、
      すべきーすべきでない、
      良いー悪い
    といった判断を行わないこと
    (2)その瞬間の中で、注意を集中させる対象は一つだけとすること、
    (3)個人の価値や人生の目的と一致する行動や活動にエネルギーを注ぐこと

個人の価値や人生の目的

 (1)と(2)は、世界から自己への課題の受容局面のようです。 その時、「何を」「何に対して」ということによって、浅い問題から深い問題までありそうです。 感覚、思考、感情、衝動的欲求、衝動的行動しつつある行動、意志的欲求、意志的行動 しつつある行動、自己存在、それぞれに働くエゴイズム的な評価の心などが考えられます 。

 (3)は、受容局面ではなく、行動局面のようです。V・E・フランクルのいう、人生の意味、人 生の価値に通じるものではないでしょうか。西田幾多郎がいう叡智的自己の価値に通じる ものではないでしょうか。リネハンのマインドフルネスは、ここまで含まれています。 だから、パーソナリティ障害を改善するすばらしい弁証法的行動療法を開発したのでしょう 。受容しているだけではまだ不十分です。その後、どのような価値、目的に向けての行動を するか重要です。個人の個性的な価値を発見して、それに向かって行動することがマイン ドフルネスです。

 初期仏教が批判された理由がわかるような気がします。解脱とは自分が実体がないこと の体験をして、「もう輪廻しない。これが最後の生存だ。」と悟るのだといいます。 これが、目標であるとすると、解脱した者は、人生の価値を達成したのだから、もうすること がなくなります。死んでいいことになります。
 一方、大乗仏教は、衆生はさまざまな苦悩を実体視して苦悩しているから、解脱したもの は、他者の苦悩の解決援助のために働くべきだという思想が出てきます。自己の哲学もそ ういう方面の探求まですすみました。そうなると、 衆生の苦悩は無限にあるので、解脱者は自分で衆生の苦のうち自分が援助できる苦悩に ついて研究して、援助のために働くことになります。苦は無限にあるので、援助者の選択s た職域における救済援助を価値とするようになります。華厳経ほか大乗仏教の経典では、 さまざまなところに菩薩が活躍します。宮沢賢治は、法華経の常不軽菩薩を模範にします。
 人知れず坐禅するのが尊いという思想哲学を持つと、社会の苦悩する人々との接触を断 って、山にこもるでしょう。解脱の後継者を何としてでも育てるのだという思想哲学を持つと 、うつ病のような人に会わずに、後継者になれそうな人の育成に真剣になるでしょう。
 「こういう修行、行いをすれば、死後、いいところに生まれる。(この世のことは、関係ある のかどうかよくわからない)」という思想哲学を持つ人は、その哲学にそった行動をするので しょう。
 それぞれ、自分が選ぶ人生の価値ですから、社会の中での一般市民の援助に価値を発 見するか、後継者の育成のみに動くか自由です。人間は、自分で発見した価値、創造価 値、体験価値、態度価値の実現のために生きる存在といのがフランクルです。
 西田幾多郎は、叡智的自己は、価値実現のために生きるといいます。深い境地を得た人 も、さらにそれを活かすために発見した領域で価値実現のために生きていくでしょう。 人間はあくまでも、限界があります。自分で価値領域を選びます。能の世阿弥、茶道の利 休、俳諧の芭蕉、童話の宮沢賢治など。 禅学研究を選択した鈴木大拙、哲学を選択した西田幾多郎、西谷啓治など。 ロゴセラピーの開発と普及を選択したフランクル、マインドフルネスを人生の価値としたジョ ン・カバト・ツィン、みな、自分で価値を選択します。 すべてをできる万能者ではないのですから。
 どのような思想、哲学で生きるかとても重要です。リネハンがマインドフルネスの(3)で挙げ た「個人の価値や人生の目的と一致する行動や活動にエネルギーを注ぐこと」、これこそ、 もっとも重要な要素でありましょう。他の要素は、このためのものと言ってよいのではないで しょうか。人間は、価値のために生きる存在であり、創造的世界の創造的要素であるので すから。

Posted by MF総研/大田 at 23:07 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL