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日本マインドフルライフ協会の拡大定例会(5) [2014年01月19日(Sun)]
★3月22日、宮城県石巻で、うつ・不安障害を治すマインドフルネス心理療法についての実習、講演
 開催決定しました。被災された方、または、被災の有無にかかわらず、石巻周辺でうつ病、不安障害を治 したい方、援助したい方。虐待、がん患者さんの死の不安などにご関心のかたも。
現地の方が動いてくださっているので、石巻の講演は決定。公的施設で3月22日(土曜日午後)に開催します。ご参加なさりたい方は、メールでご連絡ください。参加費は無料。
☆ご希望があれば、岩手、福島でも開催いたします。

日本マインドフルライフ協会の拡大定例会(5)

 私の発表は、「うつ病・不安障害を治すマインドフルネ ス 」という題でした。 内容は、3つの部分からなります。
    1)うつ病・不安障害を治すマインドフルネス 
    2)マインドフルネスとは
    3)私のマインドフルライフとは

3)私のマインドフルライフとは(2)

 自己存在の根源としての全体性に至るマインドフルネスの手法をツィンは書いていない。 「どうしたら到達できますか」と彼に問えば、坐禅の姿をとり黙ったままでいるだろう。強いて一言でもと迫れば「あなたのところにあります」と答えるだろうか。

 こうした深い自己存在の探求に際して道しるべになるのが、鈴木大拙の襌学、西田幾多郎の哲学である。そして実は、V・E・フランクルの内在の哲学がある。会では、フランクルの内在の哲学とその先に広がる超越への扉を図にしたものを示して、東洋人と西洋人(フランクル)が同様の深い自己存在の哲学をもっていることを見てもらった。しかし、フランクルは内在(叡智的自己)レベルを教えており、人格的自己は扱わないと言明している。そこは宗教者が扱うという。西洋では、聖職者があつかう。しかし西洋の聖職者はキリスト教を基礎にしている。日本人にはなじみにくいせいか、遠藤周作のような日本人独特のキリスト教を表明するひとがいる。それは東洋哲学と相似らしい、遠藤がそういっている。キリスト教を東洋哲学的に解釈しなおしたものといえようか。

 日本には、ごく普通の庶民の苦悩、たとえば、がん患者や死の問題、自己存在の評価で苦しむ領域などのメンタルケア、ターミナルケアとしての深い自己探求を導く人は極めて少ない。従来の方法は封建時代にできた出家向きの方法で言葉での導きがなく現代人には難し過ぎる。だから、日本では叡智的自己、人格的自己レベルもオリジナルなマインドフルネスを開発できていない。ほとんどアメリカ、イギリス、東南アジアなどからの「輸入」であり、人格的自己レベルのマインドフルネスはみられない。

 マインドフルライフとは生涯、存在としてのマインドフルネスが根底にあってそこからの生活への顕現としてのマインドフルネスを実践することであろう。 MBSRのボディスキャン、ヨーガ瞑想を毎日、生涯行う人はいないだろう。すなわち、マインドフルネスの数百の「手法」のうち、生涯のマインドフルライフには向かないものがある。生活化されないものも多い。問題や要求に応じたさまざまなマインドフルネス手法がある。しかし、いつも生活のなかにあり、生涯続くマインドフルネスがあるはずである。そうでないと生涯にわたってある全時間性としての全体性とはいえない。空間的にも時間的にも人類的にも全体性でなければ全体性とはならないだろう。

 (ここまでしか発表できなかった。空間的にも時間的にも人類的にも全体性であるマインドフルライフの構想の説明を準備していたが時間がなかった。)
(続く)
  • (1)=写真
  • (2)=うつ病・不安障害を治すマインドフルネス
  • (3)=マインドフルネスとは
  • (4)=私のマインドフルライフとは(1)
  • (5)=私のマインドフルライフとは(2)
  • (6)=私のマインドフルライフとは(3)
  • (7)=私のマインドフルライフとは(4)
  • (8)=私のマインドフルライフとは(5)
  • (9)=私のマインドフルライフとは(6)
  • (10)=私のマインドフルライフとは(7)
  • Posted by MF総研/大田 at 07:00 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL