叡智的自己は対象を愛することによって自己自身を愛する [2013年11月13日(Wed)]
価値実現に生きる叡智的自己(10)=衝動的自己、意志的自己から叡智的自己へ=叡智的自己は価値実現が習慣化している =叡智的自己は対象を愛することによって自己自身を愛する 叡智的自己は対象を愛することによって自己自身を愛する叡智的自己(知的直観の一般者)は客観・対象を価値実現の世界とする。叡智的自己は、自分の生きる世界を 自分で構成するのである。自己自身が世界である。だから、世界、対象を愛することが自己自身を 愛することである。
「喜びということは、自己が自己自身の発展を見ることである、ゆえに記憶なくして喜びというもの はない。喜ぶというには、まづ自己を内から動かす要求がなければならない、しかしてかかる要求は 外より来るものでなく、自己自身の中から起るものでなければならない、それは見られた自己でなけ ればならない。」(巻5,290頁) これから考えれば、社会のために生きる価値を知って、客観を自己自身とみることができるように自 己洞察の実践をすることになる。意志的自己を越えた叡智的自己のマインドフルネスは、客観を自己自身と見る訓 練になる。行為的直観である。自己に於いて世界がある。自己と世界が一つである。ただし、まだ、絶対無の自覚はない前段階である。 自愛のかたわらで他害にならないように叡智的自己は、世界を自己自身とみて世界を愛する行為をしていくが、他者を害し易い。だから、世界の立場を忘れずに行為するというマインドフルネスの実践でなければならない。他者を害しようとする煩悩(本音)を自己洞察しなければならないだろう。叡智的自己 職業、家事、育児も専門家であり叡智的自己だが自覚がない
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Posted by
MF総研/大田
at 21:48
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