価値実現に生きる叡智的自己 [2013年10月16日(Wed)]
価値実現に生きる叡智的自己(3)=専門家、科学、学問にもエゴイズムが起るほとんど多くの人が、叡智的自己と言えるのでしょう。しかし、 人は自分の夢、価値実現をめざしますので、自分の領域のことしかわか りません。それで、専門家の自己中心的な態度、行動によって、人を善 意で、傷つけることがあります。結果として、尊敬を失ったり家庭を崩壊さ せたり、犯罪者となったりして、自己を苦しめることも起きます。 さまざまな領域の人々が、よりよく生きるために、改善が難しい苦悩を 何か解決できる方策がないのだろうかと、「マインドフルネス」「マインド フル・ライフ」に期待があるでしょう。全世界で、ブームになっている有様 です。ただ、その時に、推進者が自己自身のエゴイズム(*下記)に気づきコントロールしないと、マインドフルネスが目 標としたもの、よりよく生きる、苦悩問題の解決ということを失ってしまいま す。だから、マインドフルネスで観察、気づき、コントロールすべき自己 の作用に、感覚、感情、思考、意志などのほかの重要な一つとして本音 を加えています。 専門家のエゴイズムエゴイズム(*)とは、西田が、独断、我執といっているものです。私は「本音」ということにしました。 本(2013/6)では,衝動的自己、意志的自己の本音の気づきを述べたのですが、深い自己、すなわち、叡智的自己、最も深い絶対無を究めたはずの人格的自己にさえもあるというのです。大乗仏教でも、エゴイズムの探求をしていますが、その後の宗教 としての仏教では、重視しなかったので、社会にあまり活用されず、マインドフルネスが起こったのかもしれません。マインドフルネスに、あるがままに観察というところで取り入れられています。学問、科学にも、独断、我執があるというのです。マインドフルネスも「科学的」であることをめざすはずですが、ここには独断、我執により本来めざしたはずの崇高な目標を害して、クライエントを傷つけないようにしなければなりません。適応できる問題と効果のエビデンスを積み重ねて、スキルの熟練が大切になるでしょう。 これからは、マインドフルネスの研究者、マインドフルネスのカウンセラー、マインドフルネスによるxx法が提案されて、マインドフルネスの専門家が現れることが期待されます。 マインドフルネスとしてさまざまなものが提案されています。これからもたくさん開発されていくでしょう。フランクルは、一つに固執せずに、他への入口をあけておくようにといい、事実あるがままを探求した西田幾多郎は自分に執着せずに自分を忘れて自分の立場でなく世界の立場で行為するようにと言います。 マインドフルネスこそ、そういう方向ですすめるのがいいのでしょう。 哲学者西田幾多郎はこう言っています。
うつ病の薬物療法は、「医師」という専門家によって、医学という科学的に認知されたものですが、そこにも、多剤投与(一つでいいのに、多剤のためもうろうとすることも)、一生服用の薦め(心理療法で治るかもしれないのに)など、患者にとって好ましくない方法もあったと指摘されたことがあります。精神疾患の診断基準がDSM-5で改訂されましたが、使わないほうがいい人にまで薬が処方され、薬への依存(自然回復の努力をせず)が広まるおそれがあると警告している人がいます。医学という名の科学も、うまく使わないと患者に副作用(自然治癒の自己努力する精神を妨げることまで含む)をもたらすといいます。 叡智的自己 職業、家事、育児も専門家であり叡智的自己だが自覚がない
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Posted by
MF総研/大田
at 09:09
| さまざまなマインドフルネス
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