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価値実現に生きる叡智的自己(2) [2013年10月14日(Mon)]

価値実現に生きる叡智的自己(2)

 =社会に貢献する、一方、エゴイズムにより社会を害する自由も

 ほとんど多くの人が、叡智的自己と言えるのでしょう。
    (ただし、後で見るような自己と世界が一つであるという自覚がない 。真に自覚のない叡智的自己。順調に仕事をしている瞬間には叡智的自己であるのに、自覚がない自覚なき叡智的自己。そのために、限定された時間だけ叡智的自己であることが多い。大きな出来事によって、心の病気になったり家族を苦しめるような行動をするようになるおそれがある。)
 しかし、 人は自分の夢、価値実現をめざしますので、自分の領域のことしかわか りません。それで、専門家の自己中心的な態度、行動によって、人を善 意で、傷つけることがあります。一人の人間が専門家ほどのスキルを持つのは、一つ、せいぜい2,3です。それ以外のことは知らないはずなのに、「否定」することがあります。 金子みすずが教えているように、広く深い世界があるのですが、狭く浅い立場に執着した目でみがちです。  さまざまな領域で起きるのですが、私が関連している心理療法の分野 でいえば、たとえば、うつ病に関わる治療で国や専門家(医師)が薬物 療法だけをすすめて、心理療法を確信的に否定すれば、患者の救済 が限定されます。否定までしなくても、国、県、市町村が心理療法の推進に協力しないな らば、治らない患者が生じます。人は、自分の価値実現をめざしますの で、この現象は必然的に起きます。自分がさける時間、国、自治体の予算が限られているので、必然的に生まれます。 「うつ病の心理療法、自殺防止はいいことに違いないが、私はこの産業領域が人生のすべてだ、私の領域に予算をつけてほしい。」これが本音です。積極的に助言する心理療法に関心を持ち、人生価値にすえる人は少ないし、大きく強 力な援助組織(薬物療法の場合の医師、製薬会社のような)もないので、今後も普及は難しいでし ょう。心理療法によって利益を得られる組織(そのトップがこれを人生の 価値とみて、実際に利益を計上できる)で大きい組織があればいいのですが、考えにくいです。 心理士は、「治す」役割ではないところで活躍される場がたくさんありますので、心理士も治す心理療法を強く推進する組織は大きくありません。それで、普及していません。
 そのほかの、さまざまな組織、NPOなどの活動において、扱いの差、スキルの差が生じているでしょう。広い世界では新しい事態が進展しているのに、伝統に執着し進歩のない組織があるでしょう。クライエント、患者、市民、国民は知らされていないでしょう。
 人は、自分の価値実現になることをしますので、苦しむ人がなかなか救済されないことが多いです。こういうことは、あらゆる領域で広く起きます。それぞれの職務に生きが いを持つ人にとって、うつ病が治らないとか、自殺は、自分で行動を起すほど関心の強くないことで すから。人はたいてい職務を持っているので、重要だと思ってもできないのが、社会のありかたです。ひとはすべて、各人が選択し構成した狭い世界に生きています。ただ、そういう人も、自分や自分の家族がうつ病になって、薬物 療法で治らない事態になった時に、知らない世界があったことに強い関心を持ち、そこが「何という状況か!」と嘆くでしょう。 急に、自分や家族のために治すことが重要な価値になってきます。心理療法に強い関心を持つのは、当事者だけです。
 このことは、人に職業、思想、行動の自由が与えられている現代において、必然的に生じます。
叡智的自己
 職業、家事、育児も専門家であり叡智的自己だが自覚がない
 
  • (参考)専門家のエゴイズム
  • ヴィクトール・フランクル=さまざまなレベルの自己
  • Posted by MF総研/大田 at 18:09 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL