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「人格」とは何か(4) [2013年07月25日(Thu)]

「人格」とは何か(4)
 さまざまな段階の自己

 =我々の自己の根底では時が消える・自己の根底に時を越えたもの

 人格的自己の基礎となる最も深い心の本体は、内的生命の流れ、といえる 。主観、自分、神仏、時間が生まれる前であり、生命の流れであるという。豊 饒、濃密な内容を潜在的に含んでいる。 私たちの原初の心には、時が消されており、永遠に今である。
     「時の根底にあって自己自身を限定する永遠の今と考えられるものは、時の 限定から見て二様の意味をもっていると考えることができる。一面於てはそこ に時が消され、時が否定せられるという意味を有すると共に、一面に於て時 がそこに生まれ、そこに包まれるという意味をもっていなければならぬ、即ちそ れは死の面であると共に、生の面でなければならぬ。」(『自由意志』 旧全集 巻6,315頁)
 自分の心の奥では時が消され、そして、時が生まれる。時が消されている時 、自分もない。死である。そして、自分が現れ時が現れる。生となる。自分が ない、自分が死んでいる瞬間がある。自分は継続していない。断絶している。 これを自覚した人は、生物的な自己の死の問題、死後の魂の問題に決着が つくことになる。「人間は死なない」ということを言う人がいるが、「自分は死な ない」という人もいる。天地の差異がある。意識される自分は真の自己ではな い、そんな自己はない、自己は死なない、このように自覚すれば、がん患者さ んの死の問題の解決になるだろうか。
 人の根源がこのようであって、これを自己の根底に自覚したのが人格的自己で ある。こうしたすべての人の根源に絶対があり、自分が絶対から生まれるという構造を持つということであり、これが人格というものである。すべての人が底に絶対を持ち、すべての苦悩も苦悩ではない瞬間がある。自分が死んでいる瞬間がある。


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「人格」とは何か【目次】
Posted by MF総研/大田 at 21:58 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL